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短編
神の声を聞く者2



神の御使い。
救世主。
その言葉は国民の全てに希望と勇気を与えた。
しかしその言葉は戦争に勝利すればするほど彼に重く圧し掛かり、彼の首を絞めた。

全ては茶番劇だ。
神の声が聞けると言っただけの田舎の青年が、英雄として救世主として崇め讃えられ振り回される。
そしてその劇は在り来たりな終演を彩るために、とっておきの結末を用意して彼を、私を待っていた。

幾つもの重々しい枷と、それを際立たせる質素な衣装を身に着けて、彼は若かりし国王の元へと立つ。
背筋を伸ばし真っ直ぐに国王を見詰める姿はまるで今から罪を告げられる罪人のような姿ではなかった。
神を、祖国を信じて、守りたいと願って戦った。
彼の金の瞳はただそう訴えていた。
しかし無情にも。
悪魔だと、異端者だと彼は国王に告げられたのだ。
神の名を騙る愚かな異端者め。
その言葉がどれだけ彼の心に深い傷を付けただろう。
ただ、ぼんやりと国王を見詰める彼の表情は蒼白で。
私はそんな彼を見て、居ても経ってもいられなかった。
勿論、怒りを胸に立ち上がったのは私だけではなかった。
虎徹と共に最前線で血と涙を流した荒くれ者たち。彼らもまた国王の言葉に疑問の声を荒げたのだ。
どうして共に戦った戦友が、英雄が、悪魔として殺されなければならないのか。
私たちは剣を手に彼の生を勝ち取ろうと戦った。
しかし、争った者たちも悪魔の化身だとそう決めつけられ、裁判にかけられた。
その場で首を斬られた者も少なくはなく、私以外の仲間は全てその首を斬り落とされた。

君は、貴族だろう。
誰かが仲間の死を見詰める私にそう言った。
君は目の前のことしか考えていないようだが、もし英雄が国王より支持を得続けていたらこの国はどうなると思う。
貴族が下品な笑みを浮かべて私にそう続ける。
真っ先に私たちが破滅するのだよ。貴族なんて所詮、民衆からは疎まれた存在だからね。

だから救世主には消えてもらうのが一番なのだよ。

「たったそれだけのことで、彼は殺されるのか…?」

国王より支持を得たから、悪魔だと嘯いて処刑して。
祖国のためにただ真剣に剣を振るった彼を、神の名の下に殺すなんて。
私は憤りを隠せないまま、それならいっそのこと貴族の立場を利用して彼に接触してやろうと考えた。
どんな汚い手段だって貴族の血がそうさせているのだと考えれば、私は容易く罪深き貴族へと成り下がり罪を作ることが出来た。

寒々とした檻の中で、死の宣告を待つ彼の元へと私は赴いた。
看守に大金を握らせて持ち場を離れさせると私は彼の鉄格子に近付き、彼の様子を窺った。
彼は以前に比べて大分痩せ細っており、元々細身だったその姿は骨と皮だけになってしまったのではないかと思うくらい無残なものだった。
しかし、神に祈りを捧げるその姿は以前の彼となんら変わりなく、私は自然と安堵の吐息を漏らした。

「虎徹…」

私は冷たい鉄の柵を掴んで彼の名前を呼んだ。
ふるりと彼の睫毛か震え、金色の瞳が瞼の奥から覗く。

「…ゆーり…?」

彼の瞳が私の姿をゆっくりと捉えて、掠れた声で名前を呼んだ。
笑みを浮かべて私を見詰める彼は以前のような少年らしさや幼さはなく、疲弊が色濃く現れてその表情に影を落としていた。
私は鉄格子の中へと手を伸ばし、虎徹のこけた頬を優しく撫でた。
彼は私の指先を擽ったそうに見詰め、お前の手は冷たいなと鼻を鳴らして笑った。

「…なぁ、ユーリ」

静かな空間に彼の低い声が響く。
その声に耳を傾けて私は彼を優しく見詰める。

「…ずっと、神に祈ってるんだ。何度も何度も、声を掛けてくれって。でも、もう聞こえないんだ…」

俺は何か間違ったことをしたのだろうか。
虎徹は眉を寄せて私に問いかけた。
私は首を左右に振る。

「君は間違ってなんかいない。間違ってるのは国王だ、貴族だ。そしてそれを信じた民衆だよ。君は神の声を聞いてこの国を勝利へと導いた」
「でも、俺は異端だと告げられた。…もう、神の声だって聞こえないんだ…」
「君は役目を果たしたから神の声が聞こえなくなったんだよ」

どうしていつまでも縛られる必要がある。
君は自由だ。もう、神に、祖国に縛られることなどない。

「…君は、こんなところで死ぬべきではない。生きるんだ」

一緒にここから逃げ出そう。
私は虎徹に向かって手を差し出した。
彼はその手をじっと見詰めている。

「虎徹、私は君を守ると誓った。それは神などにではなく、自分自身にだ」

だから、どうか。私とここから逃げて欲しい。
切実な願いに、彼はおずおずと私の手に自分の手を重ねた。
しかし彼は首を左右に振って、ただ困ったように笑みを浮かべていた。

「…ありがとうな、ユーリ」

冷たい手を温めるように握り締めた虎徹は、私の瞳を真っ直ぐに見詰めてお礼を口にした。
私は彼の真意が掴めず眉を顰めると、彼はそっと手を離して一歩下がり私から少し離れた。

「…俺はここに残るよ」

彼の言葉に驚愕して目を見開いた。
どうしてと目で問い質すと、彼は嘘だと思われたくない、裏切りたくないんだよ。と天井を見上げてそう言った。

「…裏切、る…?」
「ああ。俺はちゃんと神の声を聞いてこの国を導いたってことをさ、嘘だと思われたくないんだ。それに、逃げちまったら一緒に戦った仲間を裏切っちまうようで嫌だろ?…だからさ、俺は最後まで神を、祖国を信じるよ」

大丈夫さ。
彼はまるで自分に言い聞かせるようにそう言って、床に腰を下ろした。
私はそんな彼に声を掛けることが出来ずにただ黙している。

「今日はお前に会えて良かったよ。今度はこんなところじゃなくてもっと明るい所で会いたいな、良いだろ?」

俺の故郷に招待してやるとか、お前の豪邸に言ってみたいだとか。
笑ってそう言う彼に私は頷くことしか出来なかった。
本当にそうなれば良いな、と以前のように強い口調で言ってやれれば良かったのだが、今の私にはそんな余裕はなかった。
私は、踵を返す。
そうなることは決してないとそう理解しながら。
もう一度彼と笑える日が来るのを彼以上に願って。

私は自分の手の平に口付けを落とした。
その手は虎徹の体温で薄桃色に染まり、ほんのりと温かかった。







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