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短編
神の声を聞く者




彼と出会ったのは戦場だった。
どこにあるかも分からない小さな田舎から出て来て、戦場に駆け込んできた彼は虎徹と名乗り、神の名の下に国王から許可を得て戦場へと赴いたと言った。
国を勝利に導くため、民を救うため。
そう声を荒げた彼の言葉を戦場に居る者たちは狂言だと馬鹿にし、信じることはなかった。
ただ私は、彼は他とは違うとそう感じた。
戦場に相応しくない穢れのない真っ直ぐな金の瞳。真剣に祖国を思う強き言葉と心。
たった一瞬視界に捉えただけだというのに、私は彼から目が離せなくなってしまった。
…私には彼の姿が神々しく感じられたのだ。
そうして、彼が戦況に加わったことにより、敗北寸前まで追い遣られていた戦いは一瞬にして戦況を変えた。
彼は神の声を聞き、戦いの参謀を直ぐさま練り上げ、そして自らその参謀の駒となり、剣を抜いて血に塗れた戦場へと身を捧げた。
戦いが終わり、敵地の砦に私たち祖国の旗が掲げられる。
血や泥を被った甲冑のまま、戦場の荒くれ者たちは喜びのあまり彼を担いで雄叫びを上げた。
救世主だ、と誰かが言った。
そうだ、と誰かが言う。
もう誰も彼の言葉を狂言だと馬鹿にすることはなかった。
私は彼がこの荒くれ者たちに受け入れられたことに安堵の吐息を漏らした。

私は貴族だ。
仲間に、そういう格差を気にする者はいなかったが、他の貴族たちは口煩く私を変わり者だと嘲笑した。
私は、仲間たちと同じようにあまり気にする性質ではなかったから、彼らのそういった荒々しい生き方は好きで、正直ありがたかった。
だが、酒の場では少し勝手が違った。
酒を飲むことは嫌いではない。しかし、荒くれ者たちの中で酒を飲むのはどうしても合わず、祝いの場でも常に少し離れた場所で飲んでいた。
たまに、荒くれ者の纏め役のガタイの良い男(名前はロペスと言う、)と一緒に飲むことはあったが、それでも私は静を好んだ。

「…ええっと、お前は確か、ユーリだっけ?」

ガヤガヤと盛り上がる酒場の中心を抜け出して、一人でカウンターに座る私の隣に彼、虎徹は腰を下ろした。

「あいつら、凄ぇ量の酒だよな…見てるこっちが酔っちまいそうだ」

ははは、と笑う彼は甘い甘いホットココアを飲んでいるようで、酒場に似合わないそれを私は見詰めた。

「君は飲まないのかい?」
「あー…、あんまり飲む気しなくてな」

彼はポツリと呟いて、湯気の立ち上る茶色い液体を見下ろしている。
私は彼がどうして酒を飲む気分になれないのか思い至り口を開いた。

「…君は確か、この戦いが初めてだと聞いたが、…もしかしてそのせいで…?」

私の言葉に彼は苦笑を漏らして、肩を竦めた。

「…ああ。まさか、あんなにも敵味方関係なく血肉が飛び交うなんて思ってなかったからさ。…覚悟はしてたんだけどな」
「皆、最初はそういうものだ。荒くれ者の彼らだって、私だって、最初は恐怖に震えたよ。いや…今日だって恐怖していた」
「……」
「負け戦だった、最初は。死ぬんだとそう思っていた。しかし君が来て、そうならなかった」

劣勢だった戦の中、葦毛の馬に跨って現れた虎徹は緊張した面持ちで、けれども真っ直ぐ神の言葉を自分の戦う意志を剣に誓った。
そうして戦場に身を投じた虎徹は覆る筈のない戦況を、奇跡と呼べる偉業を起こして引っ繰り返し、見事に勝利を収めたのだ。

「君は希望だ。それはとても重く君に圧し掛かるだろうが、仲間がここに居る。だから恐怖しても良い。…私たちが君を守る」

酒が入りすぎたか、円滑に喋ってしまったと私は少し後悔した。
ムードとは程遠い酒場でこんな話をするなどとは。
私は羞恥を誤魔化すために酒を煽った。
琥珀色の液体が口内に呑み込まれて、喉を熱く焼いた。

「…ありがとな、ユーリ」

彼は頬を染めてとびっきりの笑顔を私に向けた。
笑うと少年のようにぐっと幼くなる彼の笑顔に私は驚いて目を見開いた。
胸が高鳴り、頬に熱が集中して、私はこの感情が悟られないよう思考を巡らして、まるで素っ気ない台詞を吐き出した。

「いえ、くだらない貴族や頭の固い軍師なんかより、君の方が信頼出来ますから」
「…ユーリって、見た目と違って結構キツイ事言うんだな…」

その言葉に苦笑を浮かべた彼を私は盗み見て、心の中でほっと安堵の息を漏らした。

彼を守りたい。
神々しく戦場を駆け巡り、甲冑を鮮血に染める姿を。
祖国のため民衆のため、神の名の下にこの身を捧げる姿を。
ただ、私は守りたいと思った。

それはまるで初恋に似ていて、私は気付かれないように彼の横顔を盗み見ていた。






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