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短編
怪我の話



昨夜、行きつけのバーで虎徹は一人、いつものように酒を楽しんでいた。
馴染みのバーテンダーに愛娘の自慢やら相棒の話をしていたら酒はどんどん勧んで。
鼻歌を歌いながら家路に帰る途中、覚束ない足取りで階段を上っていると膨大に転んだ。

身体のあちこちに擦り傷が出来て、しかも顔の唇を切るというなんとも間抜けな姿となっても、アルコールにより鈍った頭や身体は睡眠を欲していて、そのまま眠るという馬鹿な手段を取った。
お陰で朝風呂は染みて染みて呻いたし、顔の怪我はもう隠せないものでどうしたものかと頭を掻いた。
家中を探しても凶器的に汚い部屋では救急箱など出てくるはずもなく。
仕事へ行く時間になって、虎徹は痛む節々を気にしながら出勤することとなった。

「はよーっす…」

事務所を出入りするスタッフやメカニックたちに挨拶して、虎徹は自分のデスクへと向かった。
隣には既にバーナビーが座っていて、よお、とバーナビーにも声を掛けた。
覇気のない挨拶が珍しかったのかチラとこちらを見るバーナビーに、虎徹はバンソーコ持ってない?と尋ねた。

「それなら医務室にあるでしょう」

医務室?そんなものもまであるのか、と関心していると、ガタリと立ち上がったバーナビーが虎徹の手を引いて歩き出した。
急に引っ張られてつんのめった虎徹に、何してるんですか早く行きますよ。と声を掛けた。

「何でお前も来るんだよ?」
「今日は担当の方が非番だと言ってましたから。おじさん一人でちゃんと手当出来るなら問題ないですけど」
「……お願いします」

廊下を歩き、白を基調とされた部屋にバーナビーと虎徹は入った。
バーナビーはテキパキと手当に必要なものを取り出しデスクに広げた。

「おじさん、そこに座ってください。で、脱いでください」
「へ…っ?脱ぐの?」
「脱がないと手当出来ないんですけど」
「…あー…、」

そりゃ、そうだな。と虎徹は呟いて、ネクタイを外した。
なぜバーナビーは虎徹が顔以外にも怪我をしているのかわかったのだろうか。という疑問に至らないのは虎徹が相当の天然だからかそれともただの馬鹿だからか。
虎徹はそのままベストのボタンを外し、シャツを脱ぐと褐色の肌が覗いた。
昨日転んだであろう擦り傷がまだ生々しく、そして過去に受けたであろう古傷も身体に痕を残している。

「痛そうですね」
「そりゃあ…ぎゃあッ!!!」

ツーっと指で背中にある傷痕を撫でられて虎徹は悲鳴に近い声を上げた。

「うるさいですよ、おじさん」
「おっ、お前が変なとこ触るからだろ!?ってバニー…っ」

虎徹は腕を押さえられ、今度は肩先にある傷口をベロリと舐められた。
驚きのあまりびくりと身体が震える。

「もう瘡蓋になってますね」

ちょっと鉄の味がしますけど、と付け足されて虎徹は魚のように口をパクパクとさせる。

「ななな、バニーちゃ…っ!何、やって…っ」
「傷を舐めただけです。何か問題でもありましたか?」

まるで自分が正しいかのようなバーナビーの物言いに、虎徹はどうすればいいのか判らずに硬直した。

「…理由が欲しいなら、そうですね……」
「……!」

バーナビーは虎徹の顎に手を掛けて上を向かせた。
エメラルドグリーンの瞳が捕食者のようにギラリと輝いている。

「貴方が僕以外の何かに傷を付けられているのが気に食わないだけです」

バーナビーの鼻先が頬に触れたかと思うと、口元に出来た傷を舐められた。
驚きのあまり瞳をぐっと閉じると、そのまま少し口元をずらして、啄ばむように口付けられ唇を食まれた。

「ん…んっ、ぅ…」

舌で強引に唇を割ってくるバーナビーに最初は抵抗していたが、長い長い口付けに呼吸を持っていかれて抵抗は弱くなる。
ぬるりと舌が入りこんで肩を震わせる虎徹にの歯列を舐め舌を絡ませる。
ちゅっちゅと舌を器用に吸ってやれば腰が砕けたのか、バーナビーの首に自ら腕を回した。

「んぁ…はっ、はぁ…」
「ふっ、おじさん…」

熱いと息と共に唇を放せば、そこからはお互いの唾液が銀色の糸を引かせる。
涙で潤んだ虎徹は乱れた息を整えようと一生懸命だ。
バーナビーはそんな虎徹を押し倒したい衝動に駆られたが、なんとか理性で衝動を押し留めて虎徹から一度離れた。

「ほら、そこ座ってください」
「……」
「これ以上の事、されたいんですか?」
「……!!!」

ぶんぶんと首を左右に振る虎徹に少しガッカリな気持ちになったが、表情は変えることなく虎徹の腕から背中から口元から隈なく傷を手当てするのだった。











「貴方が僕以外の何かに傷を付けられているのが気に食わないだけです」という台詞をバーナビーに言わせたかっただけの話。






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