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短編
貴方は光だと



「こてつさん、虎徹さんっ!虎徹さんッ!!」

伸ばした腕は彼に届いて。
彼の細くなった肩へと触れた。
彼は振り返って、バニーと僕の愛称を小さく呟く。

「虎徹さん、虎徹さん…こて、つさ…」

まるで迷子になった子供が必死に親を探すような声色で。
僕は彼の腕を痛いくらいに強く握り締めた。

「おいおい。ヒーロースーツのまま来やがって。斎藤さんに文句言われても知らないぞ」

彼は骨張った手で僕のマスクを外して、困ったように笑った。

「こんなにやつれちまって。ちゃんと飯は食ってんのか?寝てるのか?ああもう折角の男前が台無しだろ」
「あなたのせい、ですよ。あなたが、居なくなるから」

責めるつもりで言ったわけではない。
けれど彼は傷付いた表情を見せて、僕は咄嗟に首を振った。

「違う。そうじゃないんです。そんなことが言いたいわけじゃなくて、僕は…」
「ごめん」

僕の言葉を遮って、彼は僕の目の下に出来た隈をなぞってもう一度ごめんと謝った。

「俺だって本当はずっとヒーローとして、お前のパートナーとして傍に居たかった。でも、もう俺の能力じゃ駄目だ…、もう、駄目なんだよ」

強い光を一瞬だけ放って儚く消える。
ヒーローとして生きていけないのなら俺はここにいられないと、彼は自分の手の平を見詰めてそう言った。
俯く彼の姿は以前の彼とは程遠い、小さな姿だった。

「バニーが、俺が居なくてもちゃんと活躍出来てて安心した。…お前は両親のことになると直ぐに周りが見えなくなるから心配していたけど、どうやら大丈夫そうだな」
「…なに、を…」

言ってるんです。何を見て言ってるんですか。
まるで、それは。
僕は目を見開いて、信じられない言葉を口にする彼を凝視していた。

「…今まで、ありがとうな。こんなみっともない先輩で、パートナーで。…ずっと、一緒に、懲りずに傍に居てくれて」

彼が僕を強く強く抱きしめる。
ヒーロースーツ越しに感じる彼の熱い体温が僕の胸を苦しくさせる。

「いや…だ…」

僕は彼の痩せた背中に腕を回して、首を左右に振った。
絶対に、もう離したくはない。

「おい…バニー…苦しい…」

腕の中で彼はもがいて、僕の背中を叩いた。
それでも僕は彼を抱きしめる腕を緩めることはなかった。

「おい、バニー…バーナビーッ!」

もう離せと声を荒げる彼に、僕は嫌ですと笑いかけた。
彼を抱き殺してしまうんではないかと思うほどの強さで抱きしめて、彼を見詰める。

「嫌なら逃げれば良いでしょう?あなたはまだネクストで、能力が使えるんだ。本気で抵抗すればいい」
「…ッ…お前…」
「僕はさよならなんて認めません。僕の前から去るなんて、認めませんから」

骨が軋む音が聞こえて、これ以上はまずいなと僕は心の中で冷静に思った。
しかし、離す気など毛頭もない。
もう二度と、失うつもりはなかった。

「減退がなんです?そんな理由でヒーローを辞めて、僕の前から居なくなるんですか?あなたはもっともがいてあがいてそんなの関係ないって、それでバニーが心配だからって厚かましくもお節介を焼けばいい。いつもなら、あなたはそうやるじゃないですか!」
「…くそっ、この…バニーッ!」
「……ッ!」

僕の声に反応してか青い光が彼の瞳に宿った。
瞬いた輝きと、何倍にも跳ね上がるパワーに僕は押されて、彼から引き剥がされた。
それでも、彼は優しい。
一瞬の力は膨大で危険だと聞いたから、僕は彼に殴られ吹き飛ばされると思っていた。

「この馬鹿…っ!俺を、絞め殺す気かッ…!」

まだ能力が使えるから良かったものを、と彼は呟いて失われた輝きに深い溜息を吐き出した。

「…なぁ、もう俺を引きとめるなよ。…望んじまうだろ?」

絶望しか残されていないのに。
そう彼が悲しそうに呟くのに、僕は違うんですと。僕の為なんですと口を開いた。

「…虎徹さん。僕はあなたがいない世界で生きていけないんです。
だから、僕の為に望んで下さい。僕の為にヒーローとして生きて、僕の為に傍に居て欲しいんです」

もがいて、あがいて。
僕の傍に居て欲しい。
何て我儘なのだろうか。何て愚かなのだろうか。
彼がとても驚いた眼差しを僕に向けている。
軽蔑、するだろうか。
それでも。僕は。

「…本当は能力がなくたって構わないんです。でも、それではあなたが苦しいでしょう。だから、僕も減退を防ぐ方法を探します。だから、どうか」

離された手を今度は僕が握り締めて。
もう逃がしませんなんて言ったらあなたは僕を恐れるだろうか。

「…虎徹さん」

彼の指にそっと触れて、彼の手を強く握り締めて。
でも僕は知っている。
彼はもう僕から逃げないと。逃げられないと。

「…全く、お前って…酷い奴だよな……」

彼がそう呟いて俯いた。
僕の手を握り締める。その熱さだけが僕に、彼の気持ちを伝えてくる。

「…ごめん、嘘だ…俺の方が、酷い奴だ…バニー、ごめん…ごめんな……」

本当は、引き止めてほしかったんだ。
能力がなくたって、必要とされたかったんだ。

彼が空いた方の片手で顔を隠して嗚咽を漏らした。
僕はそんな彼の首元を腕で引き寄せて肩を貸した。
堅いヒーロースーツでは冷たいけれど仕方がない。
僕はもう一度彼の背中にそっと腕を回した。


願わくば彼の能力が戻りますように。
そしてもう二度とこの手を離さないように。






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