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短編
流れ星と恋の話




あなたが好きだ。
そんなありきたりな言葉でさえ口にすることは赦されないと思う。
僕と彼は仕事仲間だけど、ライバルで。そして男同士で。
僕はどう頑張って背伸びしたって彼から見れば子供で、彼は大人で。
そんな彼に優しく髪を撫でられたり、心配されたりするのは嬉しいけれど、彼のパートナーのように四六時中一緒に居るわけでもないし、彼の親友のように彼と対等に話せるわけでもない。
つまり、僕は彼の特別な存在といったわけではないのだ。

「…はぁ……」

この気持ちに気付いて何度目の溜息だろう。
もう数えるのも嫌になってしまった。
それでも思考の海に沈んでしまうのはやっぱり彼のことが好きだからで、この気持ちを伝えたい、そんな心がどこかにあるからだろう。
また、無意識のうちに溜息が零れ落ちる。
こんな自分は嫌だというのに。

(…タイガーさん…こ、こてつ、さん……)

トレーニングルームの窓から見える夜空を見上げて、心の内で呼んだことのない彼の本名を呼んでみる。
すると、星が一つ流れ落ちて、僕はあっと声を上げた。

「あれ、イワン?」

不意に想い主の声が耳に届いて僕は胸を高鳴らせた。
肩を揺らして振り返るとシャワールームから彼が出てきて、彼は驚かせたかと僕に笑いかけて、まだ乾き切っていない髪を掻き上げた。

「た…タイガーさん…!?」
「おー。さっき、何見てたの?」

こんな時間にトレーニングなんて珍しいと目をパチクリさせていると、彼は僕の隣まで歩いて来た。そして僕と同じ景色を窓から見詰めて瞳を細めた。
仄かに香る石鹸の匂いにドキドキしながら星を見ていたんですと答えれば、彼は空を見上げて綺麗だなと笑った。

「さ、さっき、流れ星を見たんです」
「へぇ!そりゃあ凄いっ。俺も見たかったなぁ…」

流れ星って、流れている間に願い事を言えば叶うんだっけ。と星を見詰めたまま訊ねてくる彼に、確かにそんな迷信がありましたねと僕は頷いた。

「イワンはもし願いごとが叶うなら、流れ星になんて願う?」
「願いごと、ですか?」
「おう。俺だったらバニーがもうちっと愛想良くなるように願うかなー…なんて。…あ、これあいつには内緒な」

無邪気に笑う彼の姿を見詰めて、僕はどうしようもなくムッとしてしまう。
思わず願い事なんて何もありませんと棘のある口調で言ってしまった。

「何だ…?変なこと聞いちまったか?」

ははは、と気楽に笑う彼が僕以外のものを見詰めている事実に嫉妬して、先程とはまるで違う感情を抱いていることに気付いた僕は真剣な眼差しで彼を見詰めた。

「僕にも、願いごとくらい本当はありますよ」

赦されるなんて思っていない。
言ってはいけないことだって理解している。
けれど。
きょとんとした表情で僕を見詰める彼の首に掛けられたタオルの両端を掴んで、彼を引き寄せる。
バランスを崩した彼は驚いた声を上げて、僕の肩に彼の骨張った大きな掌が掛けられる。

近い。
鼻がぶつかりそうな、そんな距離。

「…僕の願いは、虎徹さんに、あなたに。好きだと伝えることですっ」

耳元で囁いた声に、彼は目を見開いている。
しかしそれ以上に僕自身が驚いて、反射的に身を引いて彼から少し後退った。

言ってしまった。
僕は自分がなんて衝動的で愚かな行動に出てしまったんだろうと後悔の念に駆られた。
日本の侍が自害するために刀で腹を切ったという。今ならそんな恐ろしいことも平気でやってしまいそうだ。
それくらい、羞恥心と後悔の念が僕の中でグルグル回って恐慌状態になっていた。

「…イワン。おい、イワン…」

赤くなったり青くなったりしている僕の名前を彼は呼び寄せて、彼は僕の頭を少し乱暴に撫で付けた。

「…こ、てつ…さん?」

おずおずといった調子で僕が彼の名前を呼ぶと、彼は照れ臭そうにありがとうと言って、笑みを浮かべた。

その金色の瞳に僕だけが映し出されていて、僕は自分の顔を温度が上昇するのがわかった。
結局、彼の視線から目を逸らして俯いてしまったけれど。それでもとても嬉しかった。
そうして彼はひとしきり僕の髪を撫でまわして、ゆっくりと離れていった。
僕は彼の後ろ姿を見詰めて、撫でられた頭を自分の手で触れてみる。
仄かに石鹸の匂いがするような。そんな気がする。

(…虎徹さん…)

心の中で彼の背中に呼び掛けて、そして窓の外へと視線を遣った。
煌々と輝く星の光が僕と彼を優しく照らし出していて、僕はとても綺麗だなと瞳を細めた。

(…いつか)

その星の輝きがまるで僕を応援してくれているように感じられて。
僕は心の中で誓いを立てた。

(いつかきっと…子供扱いされないくらい立派になって、あなたの隣に立てたなら。もう一度、今度はちゃんと聞いて下さい…)

「…虎徹、さん。…あなたが好きです」

その言葉がまるで合図のように星を輝やかせて。
そして、空の彼方へと流れていった。








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