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短編
茨城と王子様の話




あなたが好きです。
あなた以外、僕は要らない。
(そんな感情、なければ良かった)



薔薇の古城であなたを待つ







深い深い森の奥にひっそりと佇む一つの古城。
いばらに包まれたその古城には人の生活する気配はなく、ただ静かに寝台に横たわり眠る一つの影。
そこに眠るのは金の髪と色素の薄い肌を持つ美しい青年だった。
青年は以前、この城の主だった。
しかし、彼はその美しさ故か、あるいはその権力故か、その身に呪いを受けて深い眠りについてしまった。
美しかった城壁もいばらに包まれ、ここに訪れるものはいない。

(全く、こまったものですね)

眠りにつく青年の隣で、同じ姿形をした青年はポツリと呟いた。
彼は気が付けば自分の身体から離れてしまい、所謂、幽体離脱という不思議な状態になってしまっていた。

青年は自分の体に触れることも戻ることも出来ない状態で、ただこの退屈で長い時間を持て余していた。
たまに、そう。自分がこうなる前のことを思い出そうと思考を巡らせては見るが、記憶の一部分が靄に包まれており結局思い出すことは適わなかった。
ただ頭の中でそんな感情なければ良かった、という自分の拒絶の声だけが響くのであった。

森の中にある古城に、稀に人が入りこむことがある。
それは本当に稀だったが、寝室にくるのはもっと稀だった。

来たのは女性だった。
美しい美貌の女性と、何人かの家来らしき男たち。
きっと彼女はどこかの国の王女様なのだろうと、青年は自分の身体から少し離れた位置から見詰めていた。

「本当にあの魔法使いが言った通り、美しい王子様が眠っていますわ」

彼女は青年の頬に触れて微笑んだ。
男なら誰もが見惚れる、そんな美貌の持ち主なのだろう。
しかし青年には彼女が美人でもブスでもどうだって良かった。
ただ、自分に触れるその手を離して欲しいと。そう切実に思った。
けれども彼女の行為はエスカレートを増して、青年の柔らかな髪を撫で、そして青年の顔に自らの顔を寄せた。
青年はゾッと背中に冷たいものが走り、大声で止めろと叫んだ。
しかし青年の声は彼女の耳には届かない。

(僕は、あの人以外、触れたくない…触れられたくないんだ!)

彼女の甲高い悲鳴が聞こえて、青年の身体を守るようにいばらが包み込んだ。
家来たちが彼女を庇う後ろ姿をぼんやりと見詰めながら、自分のしたことに驚きを隠せなかった。
そして彼らはいつの間にか逃げ去るように古城から遠ざかり、寝室にはまたいつものように静寂が訪れていた。
青年は自分の身体が横たわる隣に腰を下ろした。
自分の唇から紡がれた言葉をもう一度紡いで、自分がそれほど焦がれる人物は誰なんだ、と呟いた。
そして。
ツキリと胸が痛む、この感情を青年は何と呼べばいいのかわからなかった。

(誰、なんだ…)

悲しくて苦しい。
切なく笑うあなたは一体誰なんですか。






それからまた暫く退屈な時間を過ごした。
否。退屈といってもたまに現れる侵入者や大きな動物を追い払うなどの暇つぶしはあったため、それほど退屈な時間ではなかったが。
しかし、それらのない静寂な時間は青年に深い悲しみを与えるだけだった。

そんなある日のことだった。
漆黒のフードを身に纏う、如何にも魔法使いの井出たちをした人間がこの古城に訪れた。

青年は誰にも寝室に踏み込んでほしくなかったため、いばらに意識を傾けた。
しかし、いばらは自分の意に反して魔法使いを自分の身体の元へ来るようにと誘った。
青年は驚いたままその魔法使いを見詰めていた。
フードを深く被って顔は判らなかったが、どこか懐かしく、悲しく苦しい。そんな感情が胸の中にじんわりと広がった。
魔法使いは寝台の前で膝を折ると、眠る青年の金色の髪をくしゃりと少し乱暴に撫でた。
青年は魔法使いのその行動に悪寒を感じることはなく、寧ろ嬉しいと感じて胸がツキリと痛んだ。

「まだ、お前はこのままなんだな」

なんて頑固な奴なんだ、と低い声が喉を鳴らして笑った。
青年はこの魔法使いを知っていると、無意識に彼の元へと歩み寄った。

「感情なんて、なければ良かったと。お前は今でもそう思っているのか…。そうだよな。…俺も、今でもそう思うよ」

魔法使いの声が呪文のように青年の心に襲いかかる。
ブツリ、と大きな音がして青年の目の前の映像が切り替わった。
モノクロに映る世界。
そこには自分の姿と、魔法使いの姿があった。

「おめでどう。隣国の王女様と結婚だってな。これ、お前の願いが叶うようまじないを込めた薔薇なんだ」

魔法使いは微笑んで両手一杯の薔薇の花束を青年に差し出した。
青年はその薔薇を忌々しく睨みつけて、そして男の手からその花を奪いそして地面に叩き付けた。

「バーナビー…」

魔法使いは動揺を露わにした声でバーナビー、と青年の名前を呼んだ。
バーナビーは彼の呼ぶ声を無視して、どうしてと小さな声で彼に問うた。
男は肩を竦めて困った顔をしているだろう。けれどもその表情はフードに隠れて見えなかったためバーナビーには判らなかった。

「どうしてあなたは僕におめでとうなんて言えるんですか?」
「……」
「僕とあなたは恋人じゃなかったんですか…」
「…そうだな。でも、お前は王女様と結婚しろよ」

元々さ、無理だったんだよ。一国の王子と森の魔法使いが恋人だなんて。
男はそう言って悲しそうに笑った。
バーナビーは首を左右に振って嫌だと声を荒げた。

「僕はあなたが好きです。あなた以外要らない。もし、あなたが僕の傍から居なくなって、僕を愛してくれなくなるなら……」

こんな感情なんて、なければ良かった。
感情さえなければ、あなたと出会ってこんなにも恋焦がれることなどなかった筈だから。
だから。
あなたと共にと、願ってはいけないのならば。
僕は。

地面に落ちた深紅のバラがバーナビーの足元でいばらを育んで広がる。
魔法使いは咄嗟に薔薇に込めたまじないを解こうと呪文を唱えるが、いばらがバーナビーの意識の元へといってしまったため彼の呪文を拒絶し受け入れなかった。

(あの人とずっと一緒に居られないのなら、)

呪いはバーナビーの中にも広がり徐々に彼の意識を蝕んでいく。

(ずっとずっと一人で、忘れてしまおう)

誰も居ない闇の中、眠り続けて。

(それでも僕は、心のどこかで…)

睡魔がバーナビーを襲い、鈍くなった身体を叱咤して寝台に横たわる。

(どこかで、あなたが来るのを待っています)

だって、僕と同じ顔をあなたもしていたでしょう?

閉じられた碧の瞳は。
ただ、ひたすらに彼を求めて。

(あなたをずっと愛しています)





「ごめんな、バーナビー。俺が間違ってたんだ。お前の幸せを考えればお姫様と結婚した方が良いと、そう思っていた。でも、お前は俺を待ってた。ずっとずっと」

王女様をけしかけて、バーナビーの心が変わればいいとそう願って。
けれどもどこかで彼が自分しか選ばないでほしいと矛盾した気持ちを抱いて。
そうして自分は愚か者なんだと気付いて。
彼の気持ちから逃げていただけなんだと知った。

「ごめんな、ごめん」

男は優しく頬に触れて、バーナビーは小さく頷いた。
そっと被さる彼の背中は以前より大分痩せて骨ばってて、バーナビーは馬鹿な人だな、と彼の背中に呟いて瞳を閉じた。

(ずっと、待ってたんですよ、ずっと)

「…おはよう、バニーちゃん」
「遅いですよ、おじさん」

瞼を開くと目の前に彼の姿があって、バーナビーは安堵の息を吐き出した。
そして彼の細い腰を手繰り寄せるとぎゅっと抱きしめて、痩せた男の背中に手を這わした。

「遅くて遅くて…もう来ないんじゃないかと、思っていました」
「…俺だって本当はお前以外、何も要らないよ。ただ…お前みたいに真っ直ぐになれなかったんだ」

なぁ、許してくれよ。と魔法使いは言った。
バーナビーは彼のフードを取り、クスリと小さく笑った。

「虎徹さんから、もう一度キスしてください。そして、誓って下さい」

虎徹と呼ばれた魔法使いの男は、恥ずかしそうに目を細めるとそっとバーナビーの口付けを落とした。
そして。

「ずっと、一緒に居よう。この感情が要らないなんて思わないくらい」
「ええ、勿論です。ずっとずっとあなたと僕は一緒です」



こうして王子様と魔法使いはお互いの気持ちを通い合わせ、ずっとずっといばらの城で幸せに暮らしましたとさ。
めでたしめでたし。




あきゅろす。
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