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短編
メカニックとアンドロイドの話

アンケートしましたメカニックとアンドロイドの話のサンプルみたいなものです。







どうして、どうして、どうして…!

ポタポタと滴る雫が自分の頬に掛かり、青年は崩れ落ちる男の身体を咄嗟に自分の腕の中へと引き寄せた。
抱えた身体は赤い液体で滑り、青年の両の手を紅色に染め上げる。
青年は自分の手が汚れることなど気にせず、ただ彼の身体を強く強く抱きしめた。

「どうして、庇ったりなんかしたんですか…」

男の肩口に自らの鼻先を押し付けて青年は涙を堪えた。
男は腕を彷徨わせ、青年の頬を撫でようとするが、その手は青年の頬に触れることはなく失敗した。彼の視力は先程青年を庇ったさいに失われていて、青年を映し出すことはなかった。
だから男は今度は失敗しないよう慎重に。
幼子をあやすように青年の背中を優しく撫でた。

「そりゃ…、お前…が、大事だから…よ。…バニー…バー、ナビ―……」

深く咳き込んで男は血反吐を床に吐いた。
そして小さく呻いて青年の、バーナビーの名前を呼んだ。

「お前と、…親父、さんを…一緒…捜し…やりたかった…が、…どうやら、無理、そう…だ」
「……ッそんなの、許さない!僕を置いて死ぬなんて許しませんよ、虎徹さん!!」

グッと男の肩を掴んでバーナビーは虎徹の名前を呼んだ。
虎徹と呼ばれた男は、我儘言うなよと小さく呟いて、困ったように眉を八の字にさせて笑った。

「あなたを絶対死なせません!」
「…死ぬよ、」
「死なせません!」
「俺、が。俺自身が…一番分かってる、のに…よ。…だから、おまえに……」

虎徹はそう言って震える手でバーナビーの胸に自らの携帯を押し付けた。
その携帯を見詰めて、バーナビーはわなわなと唇を震わせた。

「おまえが、のぞむ…なら」
「嫌だ、…さん、こてつさん、虎徹さん…!」

虎徹の手は最期にバーナビーの髪をぐしゃりと掻き回して、だらりとしな垂れた。
緩やかに閉じられたトビ色の瞳をバーナビーはもう見ることも写すことも出来なかった。

「こてつさん、こてつさんッ…」

バーナビーは目から流れる雫を拭うことなく、虎徹と虎徹の与えた携帯の液晶画面をぼんやりと捉えていた。
パスワードの掛けられた、バーナビーのアドレスしか入っていない。バーナビーだけが知るこの携帯に。
誕生日の日に勝手に約束させられた、彼の。
虎徹の生きた証の全て、がデータとして入っていた。

「…こんなものを、あなたは僕に押し付けて…!」

欲しくなかった、要らなかったと叫び声を上げて。
それでもバーナビーはそれを捨てられなかった。







ピッピッ、と無機質な機械音が耳に届く。
大きなモニターに映し出されている“彼”はまるで眠っているかのように、その身を透明な液体の入った培養液に委ねていた。
バーナビーは2cm程のメモリーカードを手で弄びながら、その中のデータ全てに目を通していた。
これは誕生日の日に彼が勝手に自分にプレゼントしたものだった。
バーナビーはこんなもの必要ないとそれを虎徹に突き返したが、彼は密かに必要になると思って持っていたようだった。
彼の動作、口調、癖、記憶。
全てがこの小さなメモリーに入っているなど、そう考えてバーナビーは恐怖で身を震わせた。

「生身の彼はもういないというのに…」

何をやっているんだか、と自嘲してバーナビーは瞳を閉じた。

あの日、彼の身体を火葬した。
本当はどうしても傍に置いておきたがったが、外傷が余りにも酷く残しておくことは出来なかった。
バーナビーは目の前の、彼の姿形をした紛い物へと視線を向けた。
これは、自分が造り上げたものだ。
彼の身長、体重、手足の長さ。全て、数ミリも違わずにある、偽りのもの。
これに彼から渡されたデータを送り込めば、“彼”はあの日と変わらない姿で目を覚まし、動き出すだろう。
アンドロイド、という形で。

しかし、これはデータなのだ。
彼とは、違う。

バーナビーはデータへと目を向けた。
マウスを動かして、インストールの部分を一度右クリックするだけで“彼”は目を覚ます。
彼の姿形、彼の動作口調、彼の癖記憶を持つアンドロイドの“彼”が。

「虎徹さん…」

バーナビーは電子音が響く部屋の中、ポツリと彼の名前を呼んだ。
広い空間で彼の言葉は大きく響き、バーナビーはこれ程までに自分が精神的に追い詰められているのかと再確認し自嘲した。

そして。
バーナビーはカーソルを動かして、もう一度彼の名前を呼んだ。

「虎徹さん、」

決意するために。
あなたを___するために。



右クリックを押した指先が、微かに震えていたことをきっとバーナビー自身も知らないだろう。







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