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短編
殺し屋と聖職者の話

アンケートした殺し屋と聖職者の話のサンプルみたいなものです。








「主よ、僕は人を殺めました」

青年の凛とした声が小さな四角い部屋の中で響いた。
声は、自分の行いを悔いることも。主に許しを求める色もなく。
ただ自分の生き方を神へと報告するような、そんな口調だった。

隣で懺悔を聞く聖職者の男は、聖書を片手に溜息を漏らしそうになった。
青年の、懺悔には程遠い、ターゲットの殺害方法や後始末の話を事細かに聞かされ、他の聖職者がこの懺悔を聞いていなくて良かったと男は心の内で安堵した。
殺し屋の今日の一日、殺害編。を全て話し終えた青年は満足したのか眼鏡を掛け直して懺悔室から出た。
その物音に気付き、聖職者の男も背筋を伸ばして部屋から出る。
狭い部屋を後にすると、そこには金に近い髪を持つ背の高い青年が立っていた。

「…ったく、こんな時間に来て話を聞いてくれって言うから期待したら、懺悔でも何でもないじゃねぇかよおい、バニーちゃん」
「僕はバーナビーです、おじさん」

フラフラと教会の長椅子に腰を掛けて聖職者らしからぬ大きな欠伸をするおじさんの姿に、バーナビーと自分の名前を訂正した青年は呆れた表情を浮かべた。

「信者の話をきちんと聞くのが神様に使えるあなたのお仕事でしょう、虎徹おじさん」
「誰が信者だ、誰が」

虎徹おじさん、と呼ばれた聖職者はここの信者には人殺しはいません。と手をクロスさせて言った。
バーナビーははいはいそうですね、と適当にあしらって、虎徹の隣に腰を下ろした。

「何で隣に座るんだよ。狭い」
「狭くないでしょう、長椅子なんだからスペースは十分。ほら、もう少し横にずれて下さい」
「お前が座ったら圧迫感とか威圧感とかあるんだよ」
「屁理屈言わないで下さい。今日はおじさんとお話しようかと思ってるのに」

バーナビーの肩が虎徹の肩にこつんと当たって、虎徹は口を閉じた。
虎徹は彼の時折見せる仕草や台詞に滅法弱いと自分でも自覚している。
そして、今日。バーナビーのそんな仕草や台詞を垣間見て、虎徹はしゃあねぇな、と呟いて頭を掻いた。

「……見つかったのか。…その、親の仇は」
「いいえ。未だに、手がかり一つだけで。それ以外見つかりません」

蛇のタトゥーか、と虎徹が呟けば、バーナビーは静かに頷いた。
そのまま彼は足元へと視線を落として、床の繰り返し続くタイルの模様をぼんやりと眺めた。

「時折、思うんです」
「……」
「人を殺す僕は、あの日両親を殺した男なのではないかと」

夢を見るんです。
ポツリ、とバーナビーは呟いた。

「燃え盛る炎の中、銃口を向けている男は、僕自身で。僕を凝視する子供は別の誰かで」

笑いながら引き金を引く自分の姿が恐ろしくてバーナビーは目を覚まし、その度に自分が殺している人間にも、自分と同じように家族が居ることを思い出して苦悩する。
例え、それが人を殺した犯罪者であろうと。

「…そういうのを普通、懺悔室で話すもんだぞ」
「神様なんて、僕の中には存在しませんから」
「おいおい…、俺ら聖職者の存在を全否定かよ」
「別に…そういうわけではありませんけど…」

バーナビーは顔を上げて、イエスキリストの像を見詰めた。裏切られ磔にされた男の姿がもし自分ならきっと憎しみに耐えられなかっただろう。
だから、自分は彼の男の気持ちは一生わからないだろう。
虎徹はそんなバーナビーの姿を見て、言葉を探した。
聖職者であっても、自分は異端に近いし、同じ人間を教えたり導いたりする道徳を持ち合わせてはいない。
だから、ただ単純に一人の人間として、虎徹としてバーナビーの肩を優しく撫ぜた。

「俺にもちゃんとしたことは言えないけどさ、お前の夢が現実にならないようにすることが出来るのは、お前自身なんじゃないか?」
「…僕自身が」
「ああ。お前が自分で立てた誓いやら何やらを踏み外さない限り、その人殺しには意味があるんだろ。……まぁ、俺は聖職者だから殺しには賛成しないけどよ。っつーか、止めてくれた方が良いんだけど」
「それは、無理です」

バーナビーに即答され、虎徹は肩を竦めた。

「別に復讐のために殺し屋なんかやらなくてもいいだろ?聖職者でも、問題ない」
「聖職者なんて。情が移るだけで何の得にもならないですし、人殺しが聖職者なんて笑われるどころか引かれますよ。それに、どうしておじさんと一緒の仕事なんか…」
「悪かった悪かった。無神論者で復讐者のバニーちゃんが聖職者なんてやるはずないよな!その捻くれた性格叩き直して更生させてやろうとか思ったおじさんが馬鹿でした」
「そうですよ。やるならおじさんの旦那さんしかやりません」
「………は?」

何か爆弾発言が聞こえた気がする、と虎徹は思った。
嘘だと思いたい、そう思ってバーナビーを見上げたら彼の目は真剣で。
じりじりと距離を詰められた揚句に左手をしっかりと握り締められた。

「ばばば、ばにーちゃん…?」
「神様は僕の中にはいませんけど、神様のような存在は僕の中にいますよ」

ね、おじさん。それはあなたなんです。
そっと頬に唇を押しあてられ、虎徹は驚く間もなくそのまま長椅子の上に押し倒された。

「え、ちょ…バニーちゃん?神様の前なんですけど。俺これでも一応聖職者だし、な!?」
「もう日付が変わって日曜日になりましたよ。おじさんの大好きな神様を今日はお休みですから」

女性が見たら倒れるんじゃないかと思うくらいの完璧な笑顔を浮かべるバーナビーに、虎徹は悲鳴を上げたい気持ちでいっぱいになった。
どうやって逃げようか、とぐるぐる思考を巡らせる虎徹の額にバーナビーの唇が落ち、首筋に顔を埋めてくる。
虎徹はバーナビーを引き剥がそうと彼の腕を掴んだ。
しかし。

「おじさん、虎徹さん…」

ただ、縋るような声で名前を呼ばれて、虎徹は伸ばした腕を宙へと彷徨わせた。

(……しゃーねぇよ、な…?)

虎徹は何度目かわからない彼の仕草に負けて、バーナビーの大きな背中に腕を回した。








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