「・・・声、出せよ」
そんなこと言ったって。
俺は先輩から目を逸らしたまま、ぎゅっと掌を握り締める。
「・・・佐々木」
「・・・っわ、わかってます・・・よっ」
祐樹先輩の鋭い視線に、思わず目を瞑る。
「さーさーき。声、出してみ?」
「あ・・・っ、・・・あ・・・あー・・・と?」
あはは、と
とりあえず笑ってみせる。
すると祐樹先輩もにっこりと微笑んで――・・・。
「教科書はちゃんと声出して読めっつってんだろうが、このクソガキ!」
俺の頭をばちこーん、と鳴らした。
「い・・・ったあああ?!せんぱいっ、今ので英単語3つ抜けました!」
「よーし、俺が一生忘れねえようにお前の脳髄に恐怖と共に単語を刻んでやるよ」
「すんません嘘でーす・・・」
「よし」
はぁ、とこっそり溜め息。
俺は高3。先輩は大学1年。
つまり。
俺、受験生。加えて言うなら、今は11月の末。この間の模試の結果は最悪。(第一志望が見事にE判定だった。先輩には、ENDのEだ、と言われた)
状況的には、割と絶望的。
「オラ!声出せ!声出して読んだら内容が5割増しで頭に入るんだよ!」
声出せ声出せって、先輩が言うとどうにも下ネタくさく聞こえるのはなぜだろう。
はーい、と返事をしてから、俺は棒読みで英文の音読を始めた。
ヴヴヴ、と先輩の携帯が震える。
「携帯鳴ってますよ」
「あぁ、悪い」
祐樹先輩はそう言って、通話ボタンを押す。
中学ではまともに勉強もせずに部活と遊びに明け暮れ、名前を書けば誰でも通るような高校に入学した。
更にその中学生活の失敗を高校生活に生かすことも無く、三年間を見事に勉強もせずに終えようとしているこの俺が、なぜ今更になって偏差値もそこそこの祐樹先輩が通う大学に進学を決めたのかと言うと。
「あ?だからその課題は来週までだって・・・、テヘじゃねえよ殺すぞ」
今もまさに電話越しの相手に物騒な台詞を突き付けるこの男との距離が、何よりも怖かったのだ。
「おー、じゃあな」
ピッ、と通話終了を告げるボタン音。
「コラ佐々木、なぁにサボってやがる」
電話の内容に気を取られて、いつの間にか手が止まっていたらしい。
先輩に軽く小突かれる。
「・・・せんぱい、」
「あ?」
片眉を上げて、不思議そうな表情を作る。
俺は、先輩のこの顔が、一番好き。
「隣、いいすか」
小さな机を挟んで、向かい合っている彼に、そう尋ねる。
「・・・ダーメ」
頬杖をついて、意地悪そうに、にやりと笑う。
この男は、いつもそうだ。
俺を決して、隣に置いてはくれない。
「・・・なんで」
ぶぅ、とわざと頬を膨らませて抗議を入れると、ガキ、とだけ返された。
知ってる。
この人は、ずっと気付いてる。
俺が先輩に向ける思いが、ただの後輩が先輩に向ける憧れの念じゃないこと。
そしてそれに、彼がずっと気付かない振りをしてくれてることも。
だけどさ。
「・・・そろそろ、いいんじゃないすか」
「あ?」
そろそろ、さ。
だって俺もう高3よ?
たった一個の年の差が何だ、一個の違いが、そんなにも大きいのか。
そろそろ、俺のこと。見てくれたって。
「そろそろあんたの隣に、行かせてください、よ」
一瞬、面食らったような表情の先輩が、俺の瞳に映った。
だけどそれは、すぐにいつもの憎たらしい笑顔に形を変えて。
「お前が大学に受かればな?」
その一言で、俄然やる気を出してしまった俺を、ああ、馬鹿だって笑うなら笑えばいいさ。
(俺ってほんとお馬鹿さん)
そろそろ隣に行ってもいいですか?
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