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噂の古井戸






落ちた衝撃はありませんでした。

ただ、底に水が溜まっているために、服はびしょ濡れ、少し寒気を感じます。


翔は上を見上げました。
四角く切り取られた灰色の光が見えます。
小雨が、サラサラと顔にかかってきました。
土が積もっているからか、井戸はそんなに深くはありませんが、
翔に登れるほどでもないようです。


『……すげぇ……この井戸入るの初めてだ』


呟いた声は、壁に当たって少し響きました。
恐怖より好奇心が勝ったようで、
翔は1人勝ち誇ったような笑みを浮かべました。

まわりをよく見てみたいのですが、明かりは前がやっと見えるほどにしか射していません。

ぼぅっとする頭で目を凝らしてみると、目の前の壁にはぽっかりと横穴が開いていました。
翔はそろそろと立ち上がって穴を覗きます。

雨水は穴に流れ込むために、水位はそれ以上は上がらないようです。
そのことから考えても、横穴はどこかへ続いているようでした。


『行くっきゃないか……?』


『翔っ!』


今まで気付かなかった影が動きました。


『……蘭?』


そこには、翔と同じようにずぶ濡れになった蘭が座っていました。

どうやら、翔を追いかけてここまできたらしいのです。


『すげぇ……さすが蘭』


井戸の縁を見上げて言いました。


『どういう意味だよ……。
というか、アンタねぇッ、自分が気失ってたの気付いてないの!?』


『え?』


『やっと目ぇ覚めたと思ったらさっそく冒険し出すし……人がせっかく心配してやったのにぃ……もう……、やってらんないわっ……』


気迫とは逆に、その声は泣きそうなほどに弱々しいものになっていきました。


『馬鹿〜!』


『うわ、待てよ、お前、何で怒ってんだよ?』


なんとなく、何で泣いてんだよ、とは聞かない方が良いような気がします。

今にも翔の首を締めようとしていた蘭の手がピタリと止まりました。


『………っ』


バシャッ


そして、その代わりに、足下の水を思いきりかけてきました。
翔は相変わらず「?」マークを浮かべた表情のままです。


『……2人とも中に入ってどうするのよ……』


少し落ち着いたらしい蘭の理不尽な文句を、翔は笑顔で受け流しました。


『しょうがねぇじゃねえか。
……ほら、この横穴。これがどこかに続いてるかもだろ?』


翔はさっきから気になっていた横穴に、身軽に入りました。


『……来ないの?』


『……行く』


蘭も、翔の後に続きました。


壁は土と岩でできているようで、冷たい、湿った空気が流れています。

2人は不思議に思いながらも、水で重くなったランドセルをその場に置いて、横穴を歩き出しました。


しばらく歩くと、
道の先が、明るくなってきました。





 


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