雪片
私の履く革靴が雪を踏み締める音。
あと何ヵ月、続くのだろう。
「雪は…嫌いだ………」
「何故ですか?」
「!!」
まさか返答があるとは思わなくて、驚いた。
「俄雨か…。」
「どうして雪が、嫌いなんですか?」
そう訊いてくる俄雨に、「どうでもいいじゃない」と返そうと思ったが、気まずくなるのは困るのでその答えを話す事にした。
「白いから。ただそれだけ」
「どうして白いと、駄目なんですか?」
「駄目じゃないけど…」
そう訊かれると思ったから、言いたくなかったのだけれど。
「忍は、血に塗れているでしょう。白に赤は映えてしまう。私は、溶けてしまいたいのに。溶けられないから、嫌い」
自分に反して、美しく白い雪が嫌い。
私は溶けて消えて、無くなってしまいたい。
その望みを叶えてくれないから、嫌い。
"表の世に生まれたかった"
そうすればこんな、血に塗れる事もなく平穏に生きられたのに。私はもう何年も前から今更手遅れな願いを心に留めている。
手遅れだと、絶対に手が届く事はないと分かっているけれど、だからこそ欲しくなる。
私からしてみれば、俄雨のように表の世から隠の世に足を踏み入れるなんて事は有り得ないし信じがたいし、少しでも表に生きられた事が羨ましくもある。
俄雨にも思う所があって雷光の手を取ったのだろうからその点を非難するつもりはないが。
俄雨が来た時私は、"表の世も血塗れなのか"
と思った。
あの時の絶望は言葉では言い表せない。
この世界の何処にも、逃れる場所などないのだと言われているようで。
「その理屈なら僕は雪、好きですよ」
「…何故?」
「だって雪は、僕らの存在を確かにしてくれるものでしょう」
「私は呑まれたいのに?」
「呑まれたら存在を確立してくれるものが無くなってしまいますね」
サラリと言って作業を開始する俄雨。
…正直、真剣なのかそうでないのかわからない。
私は再び、窓の外の雪をみる。
「(私は、要らない)」
存在を確かにしてくれるものなど。
「(必要ないんだから)」
あったところで、無駄な事。
本人がそれを求めていないなら。
歩く私の後ろを赤い跡がついてくる。白い雪に映える、赤い血が。私の血と、返り血が混ざる。
赤く染まった私の存在を確かにしてくれる。白に映して残してくれるもの。
確かな私の存在の痕跡を。
(080820)
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