幸せの色
「凜…」
私を置いて消え去ってしまった彼女を疎ましく思う。
あんなにも一人にしないと、言っていたのに。
"それでも一番近くに"
なんて言葉は、ただの自己満足でしかない。
凜が側にいるという証明など、誰も出来はしないのだから。
部屋にはまだ戻りたくない。
彼女の面影が残る、あの部屋には。
戻ったが最後、この感情に呑まれると思う。
分かっていた事だ。
いつかはこうなる可能性がある。何故なら此処は隠の世で、常に死と隣合わせなのだから。
でもまさか彼女が、隣合わせの死に重なってしまう事が起こり得るとは夢にも思わなかっただけ。
彼女に隠の世は相応しくなかったのかもしれない。
彼女は、死を恐れていた。
いつだったか、任務を逃げ出したくなると私に語った事があった。その時触れた彼女の手が震えていた事も、私はちゃんと覚えている。
凜が好きだった店に入った。
確か此処でオルゴールを購入していた筈。
そのオルゴールの音色を聴くと恐ろしい事にも立ち向かえる、落ち着くと言って。
「(此れだったかな…)」
部屋で見た事があるようなオルゴールを手にとってその蓋を開ける。
流れてきた音楽は耳にした事がある気がするから、多分此れなのだろう。
改めてよく聴くのは初めてで、この曲はこんなに悲しい曲だっただろうかと思った。
彼女がいないから、そう聞こえるだけなのだろうか。
既に消えてしまったメロディ。
私は箱の蓋を閉じた。
凜がいない。
それはこんなにも私を揺るがす、事実なのだろうか。
こんなにも悲しい事だったか。
彼女は
「雷光に出会ってからは、世界が幸せな色に染まって見える」
と言っていた。
それに対して私は、それはどんな色だい、と聞き返したが、本当は分かっていた。
私の目にも世界はそう映っていたから。
でも今は、涙でその色は滲んでしまった。
汚れてしまった。
悲しい色になって、悲しい曲が耳から離れない。
私の世界が滲む。
滲んで、哀しい色に変わる。
塗り替える事は出来ない。
凜がいないから。
あんなにも長い世界が滲む。
滲んで、哀しい色に変わる。
塗り替える事は出来ない。
凜がいないから。
あんなにも長い間見ていた幸せな色ももう忘れてしま間見ていた幸せな色ももう忘れてしまった。
彼女がいない。
ただそれだけで。
(080820)
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