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創作
肉食系男子(自炊派)

 台所に立つ幼馴染みの背後から手元を覗くと、まな板に鎮座する真っ赤な肉片が視界に飛び込んできた。
「なにこれこわい」
「すぷらったーいえーい」
 相変わらずの無表情で赤い肉を切っていく幼馴染みは、顔面にまったく反映されていないがひどく上機嫌だ。
 柔らかい肉に包丁が入れられる度に、まな板と幼馴染みの指が赤く染まっていく。
「てかマジでそれなに」
「んー……共食い?」
「はあ?」
 明らかに何かの肉だが、まさか人間のものだとでもいうのか。
 絶句する俺の顔をちらりと見て、幼馴染みは口角を少し上げた。
「フミも食べたことあるんだけどね」
 ……全く身に覚えがない。こんな衝撃映像もビックリな某かを食べたんなら絶対覚えてる筈だ。一瞬馬刺しかもと思ったけど、それだと共食いの意味が通らなくなる。
 ぐるぐると考え続ける俺に、とうとう幼馴染みは声をあげて笑いだした。
「ふふふっ、顔芸すごい」
「誰のせいやねん」
「ヒント欲しい?」
「クイズせんでまんま教えてくれ」
「頑張れ文成くんの脳細胞」
「このやろう」
 肉を切り終えたらしい幼馴染みは、かなりの量になった肉片を三等分してから、一山を調味料の入ったジッパーバッグに入れて、もう一山はボウルに入れて冷蔵庫に仕舞う。残った一山は雑に皿に盛り、台所の片付けを始めた。
「その山はどうすんの?」
「片したら食べる」
「……そのまま?」
「そのまま。フミは家で昼食ったんだろ? おれまだなの」
「そうなん……え、これそのまま食うの? 生で?」
「クセあるから好み分かれるけど刺身も普通よ」
 あっけらかんと言い放った幼馴染みは手早く手洗いまで済ませると、汁物らしい小鍋に火をかけたあと、さっさと食事の支度を進める。
 丼に米を盛り、醤油と生姜と切った長ネギを準備して、でかい椀に味噌汁を注ぎ、ジョッキに麦茶、そして肉の山盛り。
 リビングのテーブルにすっかりと設えられた昼食は、どう少なく見積もっても三人分はある。
「相変わらずすげえ量……」
「普通普通」
「お前大食いの店出禁になってなかった?」
「普通だよ。うちでは」
「あ? あー……」
 言われてみればしかり、こいつは一族郎党大体こんな胃袋なのだった。
 軽快に食事を進めていく幼馴染みをぼんやりと見る。毒々しいまでに赤い肉は、薬味と醤油に塗れては次々と口の中に放り込まれていく。
「結局さ、そいつはなんなの」
「んー? だから共食いだって。じいちゃん家から届いたの」
「だからそれが分からんて――あ」
「ようやくお分かり?」
「あー、あれか、クジラ?」
「だーいせーいかーい」
 ぱちぱちとゆるく手を叩く幼馴染み。こいつの名字は勇魚(いさな)で、イサナってのはクジラの古い呼び方だ。
「確かに食ったことあるわお前んちのおすそわけで。そういや火が通ってんのしか見たことなかったな」
「衝撃の血みどろ感」
「それな」
 お隣さんから頂いたクジラは我が家で主に竜田揚げや大和煮になって出てくるものだから、調理前の姿と遭遇したことが無かった。確かに赤いというか黒い感じだけど、あんな生々しいものだとは。
「昔っから色々食べるけど、おれ的には刺身最強」
 ほかほかの白飯とクジラを頬張る姿は全身で幸福だと語っている。こいつ飯食ってるときが一番表情豊かだな。
「今思い出したんだけど気になることあった」
「ん?」
「志貴のじいちゃんとこからしょっちゅうクジラ貰ってるけどさ、たしか勇魚の本家って山の方とか言ってなかったか」
「鷲尾家は代々町中の辺り」
「そうだよ。てかお前の家の話だよ。勇魚っていさなとりとかから来てんじゃね。山の近くに海あるとこ?」
「んー……」
 ごくん、飯を飲み込んだ幼馴染み――志貴は、真っ赤な舌をぺろりと出して口についたネギの欠片を舐めとると、にんまりと笑った。からかうような声で、煙に巻くような顔をして言う。
「昔話」
「あ?」
「うんと昔々、鯨は山に居たんだよ」
 まあ、うちは泳ぐのも好きだけど。

 それだけ言うと、志貴は丼飯を再び盛りに席を立った。テーブルの上には半分くらいになった味噌汁とクジラ。
「そういえばさ」
 山盛りの丼を手に戻った志貴がぽつりと言った。
「じいちゃんのとこの山、猪だけは居ないんだって」
 いっぺん食ってみたいんだけどなー。

 食い始めと変わらないスピードで食べ続ける志貴を前にして、頭の中でいろんな事がぐるぐると回って回って、結果何がなんだか分からなくなった。


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「そんだけ食ってて横にも縦にもいかないのが一番不思議」
「ほんとそれな」

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あきゅろす。
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