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創作
花嵐の頃 ※若干の死、グロテスク描写あり

「……桜の樹の下には屍体が埋まっている」

 開け放たれた窓の外を見つめていた男がぽつり、と呟いたのは、そこだけが独り歩きしている小説の一部分。
 机の上から顔を上げ窓の方を見ると、吹き付ける風に花びらを散らしながら桜の木が揺れていた。

「……これは信じていいことだ」

 頭の隅っこからひっぱり出した、件の話の冒頭を言ってみる。目の前に座る男は、横目で此方を一瞥して、口唇の端を少しだけ上げて笑った。
 窓の向こうでは、ごうごうと鳴る風に花吹雪が舞っている。

             花嵐の頃


 小学四年の時、幼馴染みと二人で出掛けた近所の雑木林で、見知らぬ女の人に出会った。
 大人が居ないときに知らない人には声をかけない、というのは親や先生にきっかりと躾られていたから、普段だったら気にもしなかった。
 けれど、儚げで今にも泣きそうな顔をして、独りぼっちで真昼の雑木林に佇んでいる女の人を、何故だかどうしても放っておけなかった。

 “男なら、女の子が困っていたら助けるものだ”そんな事を言い出したのが、俺と幼馴染みのどちらだったかは、流石に覚えていないけど、そんなこんなで俺達は彼女に声をかけた。
 いきなり子供に話しかけられて、少し驚いた顔をしていたけれど、彼女はすぐに俺達とまっすぐ視線を合わせ、柔らかい調子で教えてくれた。曰く、とても大切なものをなくして困っているのだという。
 悲しげに目を伏せる、とても綺麗な人を、なんとか笑顔にしてあげたい。
 なにも言わず、向き合ってこっくりと頷きあった俺と幼馴染みは、勢い込んで探し物の手伝いを申し出た。

 何をなくしたのか、何処を探せばいいのか、矢継ぎ早に聞きまくる喧しい小童二匹に、押され気味になりながらも、彼女は俺達を邪険にしたりせずに手伝う事を快く受け入れてくれた。
 手先がすっぽりと隠れてしまう長い袖で促しながら、こっちだよ、と案内されて着いたのは、雑木林の中で、一番に大きい桜の木。
 木の根本の一点を指し、ここにあるはずなんだけど、と言われて、待ってましたとばかりに俺達は持ってきていたシャベルで――確か竪穴式住居を作りたいとか話してた気がする――意気揚々と掘り返した。

 それから、すっかり辺りが茜色になってしまうまで掘り進めていた。
 早めに昼食を済ませてすぐに出掛けた筈だから、かなりの長い時間掘っていたことになる。その時は時間なんか何も考えていなくて、ただひたすら何かに突き動かされるように土を掘っていた。
 
 穴の深さが、小柄な幼馴染みの身長を越えた辺りで、土や石、木の根とも違う何かを掘り当てた。
 それは、一抱えくらいの黒いビニールの包みだった。
 探し物はこれだろうか、と彼女に声をかける。
 しかし、返事は返ってこなかった。
 穴から出て辺りを見回してみても、人影すら見当たらない。幼馴染みと二人、首をかしげながらも、暫く待った。
 そうこうしているうちにすっかり暗くなって、待ちくたびれてきた所に、唐突に大きい声で二人分の名前が呼ばれた。
 吃驚して声のした方を見ると、近所の交番のお巡りさんと幼馴染みの父親が、物凄い形相で立っていた。

 昼間に出掛けたっきり、待てど暮らせど帰らない子供達を、大人が探しに来るのは当たり前の事で。
 俺の家も幼馴染みの家も、口煩くは無いが放任主義でも無いので、お巡りさん達に呼び寄せられた俺の両親と幼馴染みの母親も揃って、その場でまずこんこんと叱られた。

 なんでこんなところで穴掘りなんかしてるんだ、という質問に、その日にあった事を全て話すと、変な大人にからかわれたんだろう、と口々に言われた。
 俺と幼馴染みは腑に落ちない気持ちだったけれど、当の本人である彼女が居なくなってしまったので、結局何も言えなかった。

 大体の話が終わって、そろそろ解散するか、となった所で、掘り出した包みの事を思い出した。
 そういえばなんか見つけたんだけど、とお巡りさんに差し出すと、お巡りさんは、何の警戒も無く、懐中電灯で照らしながら包みを開けた。

 一抱えくらいの真っ黒いビニールの包みの中身は、肘から先の、人の両腕だった。


 その後、お巡りさんが緊張と混乱を通り越して茫然自失になってしまい、他の皆もちょっとしたパニック状態に陥る中、一人だけ冷静だった幼馴染みが、父親のポケットから拝借した携帯電話で110番通報をして、その場はとりあえずおしまいになった。

 家に警察が来たり、集団下校が続いたりする日々の中、あの腕の持ち主としてニュースに出ていた写真は、あのときの彼女だった。
 それから暫くして、根本に彼女の腕が埋まっていたあの桜の木で、若い男性の首吊りがあった。


 学校からの帰り道、夕焼けに染まった雑木林の横を通る。
 林の中に見知った姿を見つけて、隣にいる幼馴染みと一緒に手を振った。

 桜の季節に出会ったとても美しい人は、毎年同じ頃に、同じ所に居て、目が合うと笑って手を振ってくれる。



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あきゅろす。
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