[携帯モード] [URL送信]

創作
月と鉄塔


 真っ暗い曇り空の夜。
 コンビニからの帰り道、のたのたとした足取りで進む二人分のスニーカーの足音と、ビニール袋のがさつく音が人気のない道に響く。
 少し前を歩いていた同行者が、突然立ち止まった。そのまま、ぼんやりした様子で上を見上げる。

「……なにしてんだ、おい」

 深夜に差し掛かろうという時間に、空腹に負けて買い物に出たので、さっさと帰って食べて寝たい。
 促すように声をかけると、白い手がす、と上に上げられた。人差し指を立てたその手は、空に向かって伸ばされている。

「月」

 なんの前後も無く一言、名詞だけが告げられる。
 発する言葉が少ないのはいつもの事なので、そこは気にしないで指す方向を見ると、星の見えない真っ黒な空の中、古びてお役御免になった鉄塔の上に、薄く雲のかかった満月がぽっかりと浮かんでいた。

「で、それがどうしたよ」

 一つ言ったきりまたぼんやりと黙りこんだ、頭一つ半下にある横顔を見る。
 日に焼けない体質の所為で白い肌が、青っぽい街灯に照らされて、整った顔立ちと相まってまるで人形かなにかみたいに見える。
 黙ってれば綺麗な奴なのになあ、なんて下らないことを考えながら返答を待つ。
 長くて多い睫毛が載った目蓋が、ぱちりと音がするような瞬きを一つした。

「……昨日、晦だったのに、なんで今日、丸いんだろ」
「つごもり? なんだ、それ」

 ……そういえば、昨日の月は、糸屑みたいな細さだったような気がする。

 言うだけ言って、止まったときと同じく唐突に歩き出した後ろ姿を追い掛けながら、何となく月の方を見上げる。
 まん丸い月は、そこに居ることが当たり前のような姿で堂々と浮かんでいる。
 釈然としないまま見上げていると、凪いでいた空気を突き破るような強風がいきなり吹き付けてきて、煽られたらしい古い鉄塔が、まるで笑い声みたいな音で軋んだ。
 それからはもう、ただ前の背中だけを見て帰った。

 
 
 
 


[*前へ][次へ#]
[戻る]


第3回BLove小説漫画コンテスト開催中
無料HPエムペ!