トランプ―後編― 『浦井さんはいますか』 ゾクッとした。 あの女の子の声。 思わず「はい」と返事をしてしまった。 『次のカードはなんですか?』 次のカード? 透視ゲームがまだ続いているのか。 しかし様子がおかしい。 『おい、なんだ。どうした』 師匠の声がする。 「いや、女の子が」 僕がそう呟くと、電話口から緊迫した声が響いてきた。 『嘘だろ! もういないぞ』 え? 二人で一緒に一つの受話器に顔を寄せ合って喋っているのではないのか? 『浦井さん?』 女の子が語尾を上げて問いかけてくる。 ちょっと、ちょっと待ってくれ。どういうことなんだ。 『今、あの子の声が聞こえているのか』と師匠。 「……はい」 慎重にそう答えると、別々の返事が返ってきた。 『よかった。次のカードはなんですか』 『こっちには聞こえないぞ。おい。お前の方の声は、わたしだけに聞こえてるのか?』 「いえ……」 『え? なんですか。良く聞こえない』 『まずいぞ。とりあえずお前は喋るな』 なんだか分からないが、ただ事ではないことが起きているようだ。ぞわぞわと背筋が冷たくなってくる。 マスターとひかりさんも眉をひそめてこちらを伺っている。 『ここからはわたしの指示通り動け。説明は後でする。まず、その女の子は人間じゃない。今までわたしの前にいたが、もういない。なのに電話では繋がっている。ちょっと試すぞ。いったんこっちの電話を切る』 ガチャン、という音がして師匠の声が消えた。 しかしまだ電話は繋がっている。 『もしもし? 浦井さん?』 女の子の声が、まだ聞こえていた。 姿の見えない、声だけの存在。人間じゃないだって? 僕は思わず閑散とした喫茶店の中を見回す。しかし僕たち三人以外、誰の影も見えなかった。 ふいに電話のベルの音が高らかに鳴り響き、びっくりして瞬間、背筋が伸びた。店内に設置されていたピンク電話だ。それがどこかからの着信を告げている。 いったんこっちの電話を切る、という師匠の言葉を思い出し、今手に持ったままの黒電話の受話器を見つめると自然に答えが出る。 「ひかりさん、あれ、取って」 黒電話を移動させながら、ジェスチャーでピンク電話の受話器を僕の方へ持ってきてほしいと訴える。 それぞれの電話機のコードの限界まで引っ張り、なんとか僕は両方を手に持つことができた。 「もしもし?」ピンク電話の方の受話器に口を寄せて話しかける。 『わたしだ。どうだ、まだあっちは繋がってるか』 師匠だった。いったん切ったものの、僕の方が黒電話の受話器を上げている以上、掛け直しても通話中になってしまい、繋がらないのだ。だから師匠は店にもう一つあるピンク電話の方へ掛けてきたのだった。 「よくこんな電話の番号知ってましたね」 『備えあればなんとやらだ。それよりどうなんだ』 「繋がってます。次のカードはなんですか、と訊かれています」 『繋がってるか。まずいな。物理的にどうとかいう状態じゃないな。あの子がどこにいるか分からない。わたしもすぐにそっちに向かうから、それまで間を持たせろ。いいな。その子の電話を一方的に切るんじゃないぞ』 「ええ? 今どこなんですか」 「車だから、十分もかからない。こっちはもう切るぞ」 その時、耳を離していた黒電話の方の受話器からボソボソという声が漏れ始め、それがだんだんと大きくなってきた。 『ねえ、どうして答えてくれないの』 女の子の声。だが、聞いただけで寒気のするような声色だった。さっきまでとどこか違う。声の要素を分解し、再構築したようなどこか人工的な響き。しかしそれが耳にまとわりつくように喫茶店の中をどろどろと流れた。 『どうした』と師匠に訊かれ、息を飲みながらも「声が、変わりました」とようやく答える。「答えろと、言われています」 女の子はまた浦井さん、とこちらを呼んでいた。ということはまたカードはジョーカーなのか。 『うかつに答えるな。間違えたら何が起こるか分からない。今度の名前の指示はわたしがしたわけじゃない。その子は最初に教えた<浦井>という透視能力者にまた訊いてきただけだ。だから何のカードを引いたのかは分からない。いや、まて。その子はなんと訊いてきた? もう一度言ってくれ』 「浦井さんはいますか? 次のカードはなんですか? と」 電話口で少し間があった。 『次のカード……』 師匠がそう呟いたのが聞こえた。そして次の瞬間、黒電話から血の凍るような声が鳴り響いた。 『はやく、答えろろろろろろろろろろろろろろろろろr……』 鳥肌が立った。洒落になってない。 カタカタとカウンターの奥の酒瓶が音を立てている。ガラスケースの中の食器も。 目に見えない振動が発生しているのか。 パニックになって、思わず黒電話の受話器をフックに戻しそうになる。すんでのところで思いとどまり、ピンク電話の受話器に顔を押し付ける。 「師匠!」 『落ち着け。今のは電話越しにこっちにも聞こえた。いいか。一回だ。あと一回だけ当てる』 「え? なんですか」 『いま訊かれているカードだ。もうこれでこっちは電話を切る。すぐに向かうから、もしまた掛ってきてもなんとか引き延ばせ。いいな。その次のカードはわたしにも分からない。勝手に答えるなよ』 「もう間に合いませんよ」 僕の悲痛な叫びに、師匠が答えた。 『あと一回は当てる、って言ったろ。信じろ』 「じゃあそのカードはなんですか」 『ジョーカー』 一言そう告げて電話は切られた。 だから、浦井がジョーカーに対応してたのは最初だけでしょ! そう言い返そうとしたが、また黒電話の方から異様な気配が膨張していくのを全身で感じ、震えあがって、「もう、ちくしょう」と口の中で毒づいたあと、僕は受話器を握りなおした。 「ジョーカーだ。選んだカードはジョーカー」 そう答えた瞬間、ふ、と気配が消えた。 喫茶店の中に、喫茶店が戻ってきたような感じ。 『あたり』 小さな声がそう聞こえた。 それで電話が切れた。ツーツーという音だけが耳に入り込んでくる。 僕は放心して、そのままの格好で間の抜けた顔を晒していた。 「あの、大丈夫?」 ひかりさんの声に反応して、「え、ああ、はい」と言いながら黒電話の受話器をフックに戻す。 チン、という音がした。 静寂が戻ってくる。店の表を通る人の笑い声がドア越しにかすかに聞えてきた。 「なに今の?」 とマスターが怯えた表情で訊いてくる。 喫茶ボストンのマスターは小心者で、たまに加奈子さんが持ち込んでくるお化け絡みのトラブルに巻き込まれては持病の胃痛を悪化させているのだそうだ。 しかし小川調査事務所の面々は数少ない店の常連だ。事務所の来客時にもコーヒーや紅茶の出前のオーダーがある。いわば上得意だ。そんな目に遭っても、出入り禁止にもできず胃薬を飲む回数ばかり増えているらしい。 「さあ、分かりません」 そう答えたが、僕にもさっぱり分からないのだ。嘘ではない。 師匠はまたあの電話が掛かってくるかも知れない、と言っていた。それを思うと店から逃げ出したくなったが、この小動物のように怯えているマスターと勝手に巻き込んでしまったひかりさんを置いて逃げるわけにもいかない。 「すぐ加奈子さんが来るんで」 と、僕はマスターにお願いして店を一度閉めてもらうことにした。ひかりさんが表の営業中と書かれた看板を裏返しに行く。どうせ今日は開店休業状態だ。そんなところにふらりとやってきた不幸な客をこんなわけのわからないことに巻き込むわけにもいくまい。 十分もかからない、と言っていたな。 店の時計を見上げる。 まだか。 今また電話が掛かってきたら、と思うと気が気ではない。あれはやばい。直感に頼るまでもなく、それが分かる。 ジリリリリリリリリリリリリ…… 心臓が縮み上がった。 一瞬、師匠からの電話かと思ったが、ピンク電話の方ではない。黒電話の方が鳴っている。女の子が知っている方の番号だ。 時計を見る。十分経っている。しかしまだ師匠は到着していない。 まずい。どうする。 冷や汗が流れる。 このまま取らなかったらどうなる? それでやりすごせるか? そんな言い訳めいたことを考えながら僕が動かないでいるあいだも、電話のベルは鳴り続ける。 「店あてかも知れない」 とマスターが動く。 とっさに「あ、待って」と言ったが、マスターの職業倫理がそれを許さなかった。 「はい。喫茶ボストン」 いつもの声でそう言うと、マスターはすぐに泣きそうな顔に変わった。そしてごめん、とばかり手刀を切りながらもう片方の手で僕に受話器を差し出す。 「浦井さんに、って」 きた。 やばいって。ほんとに。 僕も泣きたくなったが、胃の辺りを押さえたマスターにそんな顔をされると受け取らないわけにもいかない。深呼吸をして、受話器を耳に当てる。 『……もしもし?』 女の子の声だ。今度は最初から少し抑揚がおかしい。いつ豹変するか分からない妖しい揺らぎを潜めているような声。 「はい」 『浦井さんですか』 「……はい」 『次のカードはなんですか?』 師匠はまだか。 わかるわけがない。 マスターを見るが、顔の前で手を高速に振っている。ひかりさんはなぜか口笛を吹きながら箒を手にして床を掃き始めた。 『もしもし? もしもし? もしもし……』 じわじわと声色が変わっていく。それと同時にゾクゾクするような悪寒が込み上げて来る。 なにか言わないといけない。 なにを。 『もしもし…… どうして、はやく、もしもし…… 答えてくれない…… はやくこたえ』 風船だ。 目に見えない風船が膨らんでいくイメージ。空気が歪み、僕は息が詰まるような圧迫感を覚えた。 『は……や……く……』 店の中になにかが弾ける。 そう感じた瞬間だった。 タイヤが乱暴にアスファルトを噛む音がした。 そして間髪入れずに店のドアが開き、ツバつきの帽子を目深に被った師匠が飛び込んでくる。 「貸せ」 駆け寄ってきた師匠に受話器を奪われる。 「ご指名の浦井だ」 師匠が電話に向かってそう言い放つ。 「ああん? さっきのも浦井だよ。弟だ、弟。あいつはザコだ。わたしなら透視でも予知でもなんでもしてやるよ。それよりお前、どこにいるんだ」 最初から喧嘩腰だ。 黒電話からかなりの音量で不気味な声が漏れ出てくる。 『次の……カードは……』 店の照明が揺らいだ。 ひかりさんが箒を持ったまま気味悪そうに天井を見上げる。 「訊いてばっかじゃないか。先にこっちの質問に答えろよ。どこにいるんだよ」 『次のォォォォ……カードォォォォォォォ……』 おんおんと恐ろしい音が響く。 マスターが青い顔をして耳を塞ぐ。僕もただならない空気に足が竦む。 息を飲んで師匠を見つめていると、空いている左手の指で、左の頬の下あたりをポリポリと掻き始めた。そこには古傷があり、興奮すると赤く浮き出て来て、痒くなるのだそうだ。 「上等だよ」 指の動きを止め、師匠はそう呟いた。 それを見つめている僕のうなじにチリチリと静電気のようなものが走る。 師匠の目が爛々と輝き、なにか得体の知れない力がその身体から蒸気のように吹き出てくるような錯覚をおぼえ、思わず僕は目を擦る。 「クラブの10だ」 受話器に、そんな言葉を落とす。 電話の向こうから、空気の抜けた風船のようになにかが萎むような気配がした。 しかし師匠は追い討ちを掛けるように続ける。 「切るな。最後までやってやる。続けろ」 『 』 黒電話がなにか言った。しかし聞き取れなかった。 「スペードの10」 師匠が間髪いれずにそう答える。気のせいか、猫科の動物のように帽子からはみ出した毛が逆立っているように見える。 「ダイヤの7、クラブの7」 「ハートのクイーン、スペードのクイーン」 「ハートの2、ダイヤの2」 ………… まったく言いよどむことなくカードを答え続ける。僕らは唖然としてそれを見ているしかなかった。 ロジックなどではない。この世のものではない怪物が二頭、戦っているような気がした。 電話の向こうのトランプのカードなど僕らには何一つ見えなかったのだから。 「クラブのクイーン、スペードの6」 「ダイヤの4、ダイヤのキング、クラブの5……」 そうして最後に師匠はふっ、と息をついて優しい声で言った。 「残りは消去法でも分かるな。スペードのジャックだ」 そうして周囲で恐る恐る見守っていた僕らに顔を向け、ウインクをしてみせる。 黒電話からはもうなんの気配も感じない。 ただどことも知れない場所とは、まだ繋がってはいるようだった。 「こんな遊びでいいならいつでもやってあげるよ。とりあえず、電話するならこの番号じゃなく、今から言う方に掛けな。そこならいつもわたしがいるから」 そう言って師匠は自分の家の電話番号を口にした。 そんなこと教えて大丈夫なのか、と思わず手が伸びたが、制止することもできず、その手は宙を掻くだけだった。 ◆ 「だからな、仕事だって言ったろ」 師匠はアイスミルクティーを注文して喫茶ボストンのカウンター席に座りなおした。 電話を切った後、もう女の子からは掛かってこなかった。落ち着いたところで、いったいなにが起こっていたのか、説明をする気になったらしい。 「買ったばかりの分譲マンションの部屋に幽霊が出るからなんとかしてくれって依頼があったんだよ。除霊屋じゃないんだから、追っ払えるか分かりませんよって言ったんだけど、なんでもいいからとにかく来てくれって言うからさ、行ったわけよ」 師匠が出向くと、そこには女の子の霊がいたそうだ。 出来たばかりのマンションで、前の住人が自殺した、といったような見えない瑕疵もない。地縛霊ではなく、浮遊霊の一種がたまたまそこに居ついているんだろうと師匠は当たりをつけた。 その女の子の霊は部屋の隅でトランプ占いのようなことをしていたのだそうだ。ただそれだけなら気持ち悪いにせよ害はないのだが、その占いの結果が悪かったらパニックのようになって部屋にポルターガイスト現象のようなことが起こるのだという。 家具が揺れたり、皿が飛んだり、テレビがついたり消えたりするような。 とりあえず師匠は占いから、なにか別のことに興味を向けようと思って、手品をして見せてあげようとしたのだが、いかんせんそのトランプに触ることができない。物質的なものではなかったのだそうだ。 そこで、くだんの電話をつかって選んだカードを当てる、透視マジックを披露することにしたのだ。そこでマジックの助手として白羽の矢があたったのがこの僕で、喫茶ボストンはそのとばっちりを受けた格好になる。いい迷惑だ。 女の子がカードを選んだところで、今から掛ける所に浦井さんという透視能力者がいるから、そのカードのことを訊いてごらん、と言ってプッシュホンを押し、受話器をその子の前に掲げた、という次第だったそうだ。 見事僕がジョーカーを当て、女の子は不思議がって喜んだ。そしてさあこれからどうしようかと考えていると、師匠の目の前でその子は消えたのだそうだ。 なんだ、これで解決か。あっさりしてるなと拍子抜けして、ボストンに電話してみたところであの騒ぎが起きた、という流れだ。 「なんで二回目のジョーカーが分かったんですか」 僕がそう訊くと、師匠はアイスミルクティーにガムシロップを流し込みながら答える。 「モンテカルロだったんだよ」 「え? なんですって?」 「だから、その女の子のしていた占いが。見たことないか? こう、左から右へ五枚のカードを並べて、その下にまた左から右へって風に縦長に並べてって、タテヨコ斜めで同じ数字があったら、ペアにしてその場から排除できるんだ。それで空いたスペースを左上に左上にカードを詰めていって、また一つずつペアを作って消していく。綺麗に全部消えるか、あるいは最後に残ったカードで占いをするっていうゲームだ」 そう言われるとやったことがある気がする。モンテカルロ、なんていう気取った名前だったのか。 「で、わたしが透視マジックをやるって言うと、その子は占いを終えたばかりのトランプの山を整えて、そのまま裏返しにしたんだ。それでカットもせずにそのまま一番上のカードを選んだ」 「それがジョーカーだったんですか」 「そう。普通モンテカルロはジョーカーを除いた52枚でやるんだけど、色々ハウスルールも多いからな。でもそのジョーカーが混ざってる可能性を失念してた。わたしのミスだ。でも結果的にそれが功を奏したんだけど」 「どういうことですか」 「二回目だよ。わたしに見えないどこか知らない場所でその子が透視ゲームの続きをしようとした時、また『浦井さんはいますか?』って訊いてきたろ。わたしが名前を指示したわけじゃないから暗号表も使えないし、実質的にノーヒントだ。でも『次のカードはなんですか?』っていうその訊き方が引っかかってな。最初に裏返しにした山の一番上を単純に選んだその子が、そういう訊き方をするってことは、もしかしたらそのまま次の二番目のカードを選んだんじゃないかって思ったんだよ。その場合、裏返す前は山の一番下にあったわけだからペアになり排除されたカード、つまりジョーカーのペアはジョーカーだってわけ。しかし、最初のペアがジョーカーで良かったな。例えば一枚目がスペードのエースとかだと、ペアになった二枚目はハートなのか、クラブなのか、ダイヤなのかという三択を迫られるところだ…… いや、まてよ」 そこで師匠はなにかに気づいたように眉を寄せた。 そして「あ、そうか」と一人で勝手に頷く。 「最初のペアが、二枚しかなくて、でもそのせいでペアになりにくいジョーカーだったのはツイてたな、と思ってたけど、違ったんだ。あの子はモンテカルロのルールどおりジョーカーは最初に取り除いたんだ。そしてゲーム開始後にできた最初のペアをその取り除いておいたジョーカーの上に置いて、そのまま排除用の山にしただけだったんだ!」 気づいてなかった。あぶねえ。 そう呟いて額をわざとらしく拭うふりをする。 「でもその後はどうして分かったんです」 「山の上から順番にカードを選んでいく、ってことは想像ついたけど、占いしてるところを最初からずっと見てたわけじゃないし、どのペアがどの順番で取り除かれたか、なんて分かるわけない」 「じゃあ、どうして答えられたんですか」 まさか当てずっぽうではあるまい。偶然すべてが当たる可能性なんて天文学的な確率だ。たとえ、一枚当たったら二枚目はスーツ違いの同じ数字だと当たりがついたとしても。まして最後は現にペアにならなかったバラバラのカードばかりだったじゃないか。 「知らん」 あっさりと言った。 ストローを銜える師匠を唖然として見つめる。 「そんなわけないでしょう」と食い下がると、めんどくさそうに口を開いた。 「あのな。実体がなく、言葉だけでそこに現れている霊なら、その言葉が霊そのものだ。言葉の奥に、言葉にしない隠れた秘密があったとしても、すべては示されている。声色だか、音の大小だか、タイミング…… そういうところに分解され、分からなくされているんだろう。でも見えるものは見えるんだ。これは、精度と能力の問題だ」 ホントの物質的透視だったら、わたしにも出来ない。 そう言って師匠は僕の頭を小突いた。そして追い討ちを掛けるように続ける。 「お前、好き好んでこっちの世界に首を突っ込んでるがな。いつか、見えなきゃ、死ぬ、って場面に遭遇したら、どうするんだ」 冷たく細められた瞳が僕を見ている。 師匠のその言葉は、小突いた握りこぶしよりもはるかに強く、まるで鋼鉄のハンマーのように僕の頭に打ち下ろされ、チカチカとしたどこか電子的な火花が小さな喫茶店の中を埋め尽くし、それがいつまでも、いつまでも止むことはなかった。 (完) [*←][→#] |