novel2
未熟者、心未だ解せず(忍卵)
ああ、きょうも、つかれたな
部屋がある長屋への道程がかなり長く感じられるほどの疲労に、委員会帰りの足がもつれる。
(ここでねちゃいたい…)
自分が所属する体育委員会は活動と称した鍛練をほぼ毎日行う。疲れていても、ついていけなければ先輩に迷惑をかける。
(まいにちねぶそくだ…)
おかげで体力はそこそこついたのだがまだ10歳の体。疲労や寝不足には勝てない。ふらふらと覚束ない足で歩いていたら急に地面を踏みしめていた感覚がなくなり、あ、と思う間もなく穴の中へとおっこちた。
(…あーあ…あやべせんぱい、か…も、いいや)
このままでは風邪を引くかもとか、考える余裕もないまま冷たい土の感触を感じながら重い目蓋を閉じる。
「……誰かいるのか…きんご…?」
うとうとし始めた頭に誰かの声が響く。
(…たき、やしゃまる、せんぱい…)
呟いたつもりだったが、声にはならなかった。体を揺すられても、もう答える気力もない。
「おい、大丈夫か。しっかりしろ」
薄い意識の中で結局迷惑をかけてしまったな、なんて考えながら、気が付くと滝夜叉丸先輩の腕の中にいたなんて誰が想像できただろうか。
(空が、少し明るい……まさか先輩まで一晩こんなところに…?)
ぐっすりのところすまないとは思うが、このままではきっと風邪を引く。ガッチリ捕えられた体を身動ぎしてなんとか腕を解こうとするものの、自分では寝ている先輩の力にさえ勝てなかった。
(まあ…仕方ないか)
「…先輩、滝夜叉丸先輩。起きて下さい」
大きな声ではなかったが、抱き合っているこの距離だ。控えめに呼べば眉を寄せながらもうっすら目を開ける。
「あの、先輩、すみませんでした。ご迷惑おかけしてしまったみたいで…まだ朝も早いし、部屋で休みましょ?」
先輩は小さく欠伸をして僕に向き直る。
「昨夜は気が付かなくてすまなかったな、金吾。倒れるほど疲れてるとは思わなんだ」
いつもの先輩ではないような台詞に返事も出来ずに固まってしまう。まず、先輩がわざわざ朝まで付き添ってくれていたことにも驚きだったが。
「…いえ、僕がまだまだ未熟なだけです。それより先輩、早く部屋に…寝間着のままでは風邪を引かれます」
気を使っても先輩は腕の力を強めるだけで動こうとしない。
「いいんだ、こうしていれば暖かい……が、金吾は風呂に行かねばな。授業が始まるまでには余裕で間に合うな…よし、一緒に行こう」
確かに汚れた衣服は洗いたいし風呂にも入るつもりでいた。が、先輩も入ると言いだす。
「僕、もう一人で大丈夫ですよ…?」
「良いではないか。たまには。まだまだお前は幼いんだ。世話をさせろ」
先輩とは三つしか違わないんだが。とは言わずに、まあ風呂くらいならと頷く。先輩は僕を抱き上げたまま軽々と落とし穴を出る。
「あ、あの…先輩…僕別に、歩けますけど…」
「遠慮するな。私がこうしたいのだ」
本当に先輩らしからぬ台詞だ。どうしてしまったのか、逆に心配してしまう。むしろ聞いたほうが早い。
「……あの、先輩?変なことを聞くようですが、どうなさったんですか…?なんだか先輩…いつもの先輩じゃありません…」
控えめに、だが思ったことをはっきり口にする。すると先輩はほんの一瞬だけ目を見開き、すぐに溜め息まじりの苦笑を漏らす。
「なんだ金吾、少しは成長したかと思えば…それでは剣を極めるものとして先はまだまだ長いな」
どういうことかいまいちよくわからなかったが、馬鹿にされたわけではなさそうだ。先輩は僕を地におろし、また歩きだす。
「…先輩、どういうことですか?」
「金吾はまだ人の感情には疎い、鈍いようだな」
いつだったか戸部先生に教わった。言葉だけが感情全てではない。
「…ですが、先輩の考えていることはきっと、僕ではわかりません」
先輩が手を差し出すので、反射的にその手を取る。先輩に引かれながらも、ペースは僕のままだ。
「わかるまで…いや、金吾にわかってもらえるまで待とう」
そう言って笑う先輩は、やっぱりいつもの先輩じゃないように思う。そのあまりに清々しい笑みに、僕は考えるのをやめて先輩の手を強く握りなおした。
「金吾、今日も疲れるぞ」
もちろん、覚悟済みだ。
だが僕はこの学園で、体育委員会で頑張ると決めた。先輩達についていくのは容易なことではないが、努力はしている。
その努力が報われたとき、きっと僕は、先輩の考えていることもわかるようになるんだと思った。
きょうもつかれる
滝→金が萌える
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