生ける屍(5th) 俺は俺の戦う意味を知らない。 以前…計画が始まる直前にティエリアに似たようなことを問われた。何故お前はソレスタルビーイングにいるのかと。俺はティエリアほど盲目的にヴェーダを信じていないし、他のトレミークルーほど切実に世界の変革など望んでいない。かつては俺にも戦う理由とやらがあったんだろう。それはヴェーダへの忠誠か誰か大切な人がいたのか、少なくとも今は失われた何かがそこにあった…はずだ。 (戦う理由が無ければ戦えないのか) これはイエスだろう。理由もなく殺せばそれはただの虐殺だ。理由があれば自分を誤魔化せる。仕方が無い、仕方が無いんだと自分に言い聞かせる背中を俺は幾つも見て来た。 (だから俺は戦わないのか) 俺はイアンさんのようにMSの整備をすることで戦っているわけじゃない。俺のこの行為は…何かしなきゃならないって言う脅迫概念にも似た衝動に後押しされているだけだ。 (今の状況で戦う理由がないなんて言える俺は気違いだな) 世界中で紛争が起こっていて、それに武力介入するソレスタルビーイングがいて、そのソレスタルビーイングに属しているというのに。 俺みたいな人間ばっかだったらきっと世界から争いはなくなるんだろう。戦う理由が無いならきっと人は争わない。 (いや…違う。これはただの思惟の放棄だ) 戦う理由が無いんじゃなくて考えない。そんな人間ばかりになったら確かに争いは消えるだろう。でもそれは同時に人類の死も意味している。 (あぁ…) 思い至った考えに小さく笑みを浮かべる。 (俺って言う個体はもう死んでるってことになっちまった) 自嘲にも似た笑みを写す窓ガラスに手をやると、俺の熱で触れた面が白く曇った。 (俺はまだ、逃げ出したまま後ろを振り返ることができない) (080525) [*前][次#] [戻る] |