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└種と個(ミュウツー/ミュウ)


この女の人脈(というかなんと言うか…)はどこまで広いのだろうか。

「ミュウ、久しぶりね!」
「ミュ!」

湖畔でラプラスと戯れていた女の横には体長40cmほどの、薄紅色の毛皮を持つポケモンが浮いていた。ミュウ。私の遺伝構造のベースとなった"伝説のポケモン"だ。

「ミュ、ミュミュミュー」
「わぁ、相変わらずおしゃべりだけど何言ってるのか全く分からないわ!」

女は笑ってミュウの頭頂部を撫ぜる。あっさりと女に体を触らせたミュウに思わず驚愕で目を見開いた。

「用心深い貴様が珍しい」
「ミュ?ミュミューウ」

皮肉を込めて言えば、ミュウはどこか自慢げに己の尾を私に向ける。見れば、そこにはミュウの体表よりも少し薄い薄紅色の布が巻いてあった。

「ミュウにも怪我をしているところに会ったの」
「ミュー」

ミュウは女の説明に満足げに頷くと、普段は甘えたがりの幼いヒノアラシが収まっている女の腕の中にすっぽりと収まって見せる。到底野生のポケモンが見せる懐っこさではなかった。

「仲、悪いの?」

私の様子を敏感に悟った女が、ミュウの頭を撫ぜながら僅かに困ったように言葉をかけて来る。確執が無いと言えば嘘になる。ある程度の理解は互いに示したが…私にとってこのポケモンは未だ未知の存在だった。ミュウは女の腕の中からじっと私を見ている。思わず視線を外して、お前の好きにしろ、と返していた。
女にはケーシィの傷が治るまで、という条件付きで好きにさせている。初めは警戒心を剥き出しだったケーシィも徐々にではあるが女に慣れて来ていた。ここに住むコピーポケモンたちもかなり女に懐いている。女の頭が人よりもポケモンに近い分、距離を無くし溶け込むのが早かった。

「…ミュウツーは私のこと名前で呼ばないのね」
「、」

ふと女にそう指摘されて僅かに目を細める。その指摘は正しく、他のポケモンたちが己の言葉で女を名前で呼ぶのに比べ、私は意識して固有の名でなく「女」と言う種名で呼ぶようにしていた。

「悪いか。お前も私のことをミュウツーと呼ぶだろう」
「でも、ミュウツーは貴方の個人名だわ。貴方はフジ博士の…その、遺伝子組み替えで生まれたこの世界でたった1匹のポケモンでしょう?」

確かに女の指摘は的を射ていた。フジ博士の研究所が崩壊した今、私のデータは人の手に無く…私がもう1匹生まれることは有り得ない。

「ならそのラプラスはどうだ」
「え?」
「広い海に出ればラプラスというポケモンも何百匹といる。それなのにお前はそのラプラスを"ラプラス"と呼ぶ。それが許されるのなら、私がお前を"人間"という種族名で呼びその内の分類のひとつである性別で呼んでも問題はないだろう」
「…うーん…」

この指摘はかなりキいたらしい。女はいつものように、独りでブツブツと呟きながら反証を探しているようだった。

「確かに…そうだわ。貴方たちは気にならないの?」
「キュゥ?」

問い掛けられたラプラスは僅かに首を傾げるだけだった。人間に比べポケモンは"個"の主張が弱いのかもしれないが、人間同様"個"の意識しか持ち得ない私には何とも断じがたい。

「キュー」
「…ラプラスと呼ばれることに不満は無いそうだ」
「対峙するのが一対一だからかしら…でも…うぅん……」

ミュウの頭を撫ぜていた手の動きは止まり、女は答えも出なさそうな思考の坩堝に落ちて行く。それは私もそうだった。私が女の名前を呼ばないのは"種"として女を扱うことで他のポケモンのように女に近付くことを避けているからなのだが、"種"としての名前を用いているコピーポケモンたちの"個"は確実に認識している。

(これは…一体…)
「ミュ!」

思考に沈んでいた私たちの空気を、軽快な鳴き声が粉砕する。女の腕の中からするりと抜け出したミュウは空中に滑らかな動きでくるりと円を描きながら言った。

「ミュ、ミュミュミュウ、ミュー」
「…!」
「?ミュウは何て?」

訝しげに私を見る女に言葉を返すのも忘れるほど、ミュウはあっさりと私たちの疑問を解き明かした。曰く、

「一は全、全は一…と」
「!」

女は頭が良い。すぐにその言葉の意味に達したのだろう。私たちが"個"としての意識を強く持つように、ポケモンは"種"としての意識を強く持った。"ラプラス"という名はその種のポケモン全てを表すと同時に、その集合に内包され、その集合を形作る個をも指していたのだ。

「…ポケモンって壮大ね」

感嘆したように女は自分の頬に手を当てる。私が他のポケモンを種として扱いながらも個を認識していたのは、曲がりなりにも私がポケモンであることの証明のように思えた。線引きのために敢えて女の名を呼ぶことを拒んだのも勿論あるだろうが、もしかしたらそうではなく私のポケモンとしての本能が行った部分もあったかもしれない。そして女は人間の本能で"個"と扱われることを望み、周りのポケモンはそれに応えた…。

「ミュ」

空中に浮いたままのミュウが何かを促すように私を見、一声上げる。それが示すところを理解しながらも、私は戸惑っていた。…世界が私を造り、利用しようとする人間だけでないことは知っている。知っているが…私はまだ、"人間"という種に心を許せずにいた。

「ミュミュー」

せっかく同じ言語を持っているのだから、とミュウは言う。私はゆっくりと女に目を向けた。話の通っていない女は僅かに首を傾げて私たちを見ている。

「……」

口を開き、音をテレパシーに乗せようとする。最初の一言は上手く音にならなかった。もう一度、ゆっくりと息を吐き出しながら音を出す。

「…****」

その時の女の顔は、生涯忘れられない…と思った。驚いたように目を見開き、それからふっと嬉しそうな、柔らかい笑みを浮かべる。

「なぁに、ミュウツー?」

その笑顔は、幼い頃に私に世界を教えてくれた少女のものによく似ているように思えた。






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