[携帯モード] [URL送信]
Coffee(ライル)


「君のコンプレックスなど私には関係ない」

男は静かな声音でそう言って、俺が(礼儀上仕方なく)淹れたコーヒーのカップを白い指先で撫ぜて見せた。軽く結われた白髪は傷んだ様子も無くするりと肩口に落ちている。よく見れば白ではなく僅かに色素があるようだったが、それを細く観察する前に男が再び口を開いた。

「君がニールに抱いたコンプレックスの原因が周囲の"同型DNAの生物"に対する視線によるものなら、私にとって容姿ー…ひいては器にはなんの意味も無い。同じというのであれば雌雄が違うだけで私とエウは全く同じ遺伝子を有しているし」

エウと何気なく男が口にした人名には覚えも無く、しかし男にはそれを補足するつもりはないようだった。

「それはロックオン・ストラトスという記号同様、私にとって器など皆同じものだ。例え君だろうと、ニールだろうと、刹那だろうとね」

男は血のように暗く、花のように鮮やかな瞳を俺に向ける。まるで俺の奥底まで見据えたような、どこか冷たい瞳だった。

「だから私にとって君は何の意味も持たない」

「私にとって重要なのは器の中身であって、君はニールと同じ記号を持つが中身はまるで違う」

「だから私はティエリアや刹那やフェルトが抱くような感情を君に抱かない」

「これで分かってくれたかな?」

男は俺の存在を全否定しているのに、不思議と不快にはならなかった。むしろ、どこか清々しい。兄さんを知る人物からここまで俺と兄さんを区切られたのは初めてだった。
男はゆったりとした動作でカップを持ち上げ、一口暗色の液体を口にする。添えていたシュガーもミルクも使わない。一口だけ飲むと、彼は早々にカップを置いて立ち上がった。

「帰るのか」

もう少し話したい、と暗に伝えて見る。男はほんの僅か目を細め、白い指先でついとカップに残ったコーヒーを指差して見せた。

「それと同じだ」
「?」
「苦いだけで美味くもなければ大して喉が潤うわけでもない。それでも以前の私は好んで飲んだ。君やカフェで出されるものよりもずっと安っぽいインスタントだったが、私はそちらの方がずっと好きだった」
「…兄さんが淹れたから?」

問い掛けに、男は同じ器でも中身が違う、と先刻俺に言った時と同じ瞳で一度だけ頷いた。そして言う。そのコーヒーと俺は同じだ、と。


冷めて行くコーヒーを見ながら思う。こんなにも嬉しくて、こんなにも哀しい時間は初めてだった。



(名を、聞けば良かった…)

[*前へ][次へ#]
[戻る]


あきゅろす。
無料HPエムペ!