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残されたのは小さな傷痕(ミハエル)


「まーだーかーよー?!」
「まだだよいっくらテメェの頭が綿飴みたいに軽くてスカスカでもたった2時間で修理と換装と補給終わるわけねぇって分かんだろ」

イライラとスパナを回しながら後ろで駄々を捏ねる見た目は大人頭脳は子供の逆なんたら君に言葉を返す。胡座をかいて貧乏揺すりをしているソレは近くで見ると案外紫に近い頭髪を揺らしながら、明るい褐色の目を細め首を傾げてみせた。

「終わんねーの?」
「よしよしミハエルくん、スパナか金槌か好きな方を選ばせてやる」

標準はドタマで変更不可だけどな。
キーボードを手元に引き寄せてモニタと睨めっこしながら、癖でクルクルとスパナを回す。

(ファーストチームのクソガキめ!)

予想していた展開ではあるが、まさか3機も来るとは思わなかった。アインとドライは勿論、エクシアに応戦したツヴァイの損傷は特に著しい。

「あと何時間掛かるんだよ?」
「最低6時間。だから部屋戻って寝てろ」

ラグナはこっちの都合なんて関係なしにミッションプランを送ってくる。俺はトリニティに与えられたたった1人の整備士として、なんとかしてこいつらのMSを直さなくちゃいけなかった。

「んー」

曖昧な返事を返しながらゴロリと格納庫の床に寝転がったミハエルに、あ?と眉を寄せながら振り返る。

「何やって…」
「独りじゃ寂しいだろ?だから俺が一緒にいてやんよ」
「はぁ?」

残念ながらここで頬を赤らめて時めくような乙女は存在しない。何故なら俺は女の子のおっぱいをこよなく愛する異性愛者だからだ。

「キモッ!やめてさぶいぼがでる!!」
「素直じゃねーなぁ!」
「素直!すっごい素直な気持ちで全力否定だからっ!!」

ケタケタと笑うミハエルに鳥肌の立った腕を擦りながら眉を寄せる。

「ラグナもケチだよな、整備士一人しか寄越さねーなんて」
「まぁ…機密の保持とかもあるから」
「切り札がもろバレじゃ意味ねーもんな」
「…」

彼らは、知らない。
自分たちがラグナ・ハーヴェイの捨て駒であることを。三兄妹の誰一人として自分たちが傀儡であることには気付けないでいる。ラグナのプランでは、いずれは統一された国連軍によって…彼らはその死を持って世界を統一する予定だった。

(その為だけに造られた、哀れなデザインベビーたち)

情などかけない。俺の望む世界の変革にはどうしたって彼らの犠牲が必要なんだ。変わらない世界に苛立って、万が一…ラグナの計画が早まった場合には死ぬ可能性も高いトリニティの整備士も引き受けた。俺はMSに乗れないけれど、俺の触るMSで変革がもたらされるなら…。

「血ぃ出てんぜ?」
「っ!」

後ろから抱き込まれるように両手を掴まれて、びくりと思わず身を震わせた。ミハエルの指摘通り思い切りスパナを握り締めていた両手には爪が食い込んだのか、僅かに血が滲んでいて。

「任せろよ、お前の整備したMSで世界を変えてやンから」
「!」
「ファーストチームの甘ちゃんどもじゃねぇ。世界を変えるのは俺たちチームトリニティだ」
「…」

多分、振り返れば勝ち気に笑うミハエルの顔がある。
彼の言葉に間違いはない。世界はトリニティによって変わる。…ただ、変わった世界にチームトリニティの居場所はない。

(俺は…俺たちは…)

なんて、罪深い。


「…変えてくれるのか」
「ん?」
「この世界を…変えてくれるのか」

振り返れば、予想通り口角をつり上げるミハエルの笑顔があった。

「ったり前だっつーの!」
「…じゃ部屋戻って寝ろよ。ラグナからは山程ミッション来てんだ。休める時に休まなくて世界なんか変えられるかよ」

俺を抱き竦めるミハエルのドタマにスパナの一撃を落として言えば、涙目になりながらミハエルは叫び声を上げて俺から離れた。自然の力に任せたんだが、恐れるべきは重力かな。ミハエルの頭には見事なたんこぶがひとつ出来ていた。

「このドエスッ!お前兄貴よりエゲツねーよ!!」
「ヨハンには敵わねーよ」

クルクルとスパナを回しながらミハエルに背を向け、修理用ロボに指示を出す。

「4時間」
「、」
「4時間で終わらせる。ヨハンにそう伝えとけ」
「りょーかい。さすが****だぜ!」
「…」

ミハエルが格納庫を出て行くのを気配で感じ、回していたスパナを力無く床に落とす。

「…なんで…」

分かっていたはずなのに。情などかけていなかったはずなのに。

(…痛い)

俺はあいつらを裏切っている。

頬を伝った熱い雫が、ツヴァイに当たって小さく弾けた。




(何であんなにまっすぐ、世界を変えるなんて言えるんだ)



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あきゅろす。
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