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僕は君が思うほど綺麗じゃない(ヒトラー)


何故僕に関わるのか。僕のオリジナルがしたことを知らないわけじゃないでしょう?
そう問い掛けた僕に、彼はきょとん、とした顔で答えを返した。

「だって君は違うヒトラーだろ?」




彼はとても恐ろしい人だった。きっとそう言えば多くの人が「彼は穏やかな善人だ」と否定することだろう。それを否定するのは、彼と特に親しくしている人だけかもしれない。
彼の名はレオナルド・ダ・ヴィンチ。芸術だけでなく、科学にも精通した万能人のクローンだった。

「ヒトラー、一緒に昼食に行かないか!」

ある晴れた日の昼休み、僕の前に現れた彼は他の誰かに対する態度とも一切変わらない様子で僕を昼食に誘った。特に親交があるわけでもなく、本当に唐突な誘いだった。一瞬、教室のあちこちから冷たい視線がダ・ヴィンチに向けられる。けれど彼はそれを気にすることもなく、僕の手を取って食堂へと歩き出していた。誰かと食事をするのは久しぶりで酷く緊張する。自然と会話は少なくなって、けれどダ・ヴィンチはそれを気にしている様子も無かった。食堂の視線は一様に僕と一緒にいるダ・ヴィンチに向けられている。どうにも居心地が悪かった。

「ダ・ヴィンチ…どうして僕を誘ったんだい?」
「ん?」

マッシュドポテトを頬張りながら首を傾げたダ・ヴィンチはしばらく僕を見つめ、口の中のものを飲み込む。

「だって、俺ヒトラーとあんまり話したこと無かったから」
「……」

いつか、クラスメイトたちがダ・ヴィンチは好奇心の塊だと言っていたのを聞いたことがある。それは確かに合っているかもしれない。

「…どうして僕に関わるの。僕のオリジナルがしたことを知らないわけじゃないでしょう?」

暗に関わらない方がいい、という旨を伝えれば、ダ・ヴィンチはぱちぱちと何度か瞬きする。そして言う。僕たちクローンにとっては…あまりにも残酷な言葉を。

「それともヒトラーは俺のこと嫌い?」
「えっ?」

そんなこと、ない。僕には彼の言葉を鵜呑みにすることは出来ないけれど…僕を"僕"として扱う彼が…嫌いでは、なかった。

「でも…ダ・ヴィンチ、君のためにも僕に関わるのは辞めた方が…」
「どうして。お前が俺をガス室送りにするの?……しないだろ」

にっ、と笑って彼は僕を見る。あまりにもまっすぐ過ぎる視線と論理に、僕は小さく頷くしかなかった。

「それからね、俺はダ・ヴィンチじゃなくて****!****・オタマジャクシ!」
「****…?」
「そ。"俺"の名前。」

信じられない。彼はダ・ヴィンチの名を捨てたのか…?彼は…****、は、ニコニコ顔のまま僕を見ている。そこにはクローンのアイデンティティを手放すことへの恐れも迷いも無い。

(ウォモ・ウニヴェルサーレ…)

万能人。彼を示すひとつの記号。

(あぁ、こんな風に自我を確立しているのに…結局彼が"レオナルド・ダ・ヴィンチ"であることに変わりはないのか…)

それは哀しくもあり、ホッとしたのもまた事実だった。



それ以来、****は僕を彼の周りの人間に接するのと同じように扱った。****の横にいる時だけは…僕もただのヒトラーでいられる気がした。

(****、)

ふと窓の外を見れば、日光を跳ね返す美しいブロンドが見えて。一瞬窓を開けて声を掛けようかと思ったけれど、その横にはよく見知った後ろ姿があった。

(モーツァルト…)

****の横は、モーツァルトの定位置だった。正確に言えばモーツァルトの横が****の定位置なんだけど、とにかくその事実に変わりはない。****は親交が広くたくさんの友人を持っていたけれど、あそこまで心を許しているのはモーツァルトだけだろう…と客観的に見ている僕は思う。

「…」

カリ、と窓枠に爪を立てる。そこに籠った感情の名は知らないまま、僕は遠ざかっていく二人の背中を見つめていた。





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あきゅろす。
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