◆Short Novels 1 「あ゛っっーー」 馴れてないのに強引に割って入って来たそれは無遠慮に慧の中で暴れる。馴染んでもないのに動かすものだから、甘い声なんて出るはずも無い。 「ひっ、はっ、あ゛ぁ……くる、し……蒼っ」 「っ、翠、すいっ………」 「………っ、蒼介っ」 翠は、俺じゃないよ。 俺は、慧だよ。 でも、俺は翠になったから……。 蒼はもう、俺の名前を呼ばない。 「あ、ぁ……ひぁっ」 幸か不幸か、この行為に慣れてしまった慧は、苦しさから悦を探し出して、自分のイイ所にあたるように腰を揺らして動かす。そうする事で徐々に息も楽になって、眉間に寄っていた皺も無くなる。 声が、甘いものに染まっていく。 心が、冷たく冷えていく。 「翠……好きだっ……翠っ」 「俺も、好きだよ……蒼介」 蒼介が見ているのは翠だけど。好きだと言っているのは病気で亡くなった双子の片割れのことだけど。 大事に大事にしていた最愛の人の事で。 慧の事では無いけれど。 「んっ、あっ……はっ」 「………翠、大丈夫?」 蒼介の目に映っているのは自分では無いと分かっている。労っているのも慧のことでは無いと分かっている。 蒼介の眼に映るのは、慧と似ている翠だ。 かつて、親戚でさえ見抜けない慧と翠。その2人を見抜く事が出来た赤の他人で唯一の人物は、もう、見抜く事は出来なくなった。 「大丈夫、だよ……蒼介……あっ」 蒼介が翠を失った時、「翠…」と慧を見て違う名を呼んで手を差し伸べて来た。それで気付いた。 もう、蒼介は「慧」と呼んでくれない。蒼介の中の慧が消えたのだ。 それならもう、大切な人の願いは叶えてあげるべきだ。 「翠」と呼ばれたあの瞬間、慧は消えて、翠として生きることにした。 . [*前へ][次へ#] [戻る] |