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◆Short Novels



いつも首から提げている黒い一眼レフカメラ。
随分傷がついたそれを、一つ一つ確認してなぞりながら、篠田は昔の思い出に思いを馳せた。


ーーーーー



「そろそろ卒業ですねー」

本で溢れ返っている部屋の中で寛いでいる人物に向かって篠田は手を差し出した。


「なんだ、洋平。その手はどうした」


読んでいた本を下ろして、その人物は訝しげに言う。


「首に提げてるカメラ、くださーい」
「やっぱりな。滅多に部室に来ないお前が来る用件なんてそれだよな」


篠田は滅多に新聞部の部室に顔を出さない。
来る理由は資料の為か、部長である斎藤のカメラを譲り受けたいと要求する為だけだ。


「お前は一年生でも一応副部長なんだから、顔出せよ」
「面倒なので、嫌ですー」
「……情報収集力は良いんだけどなー」


斎藤の深い溜め息を無視して篠田は今までに無いくらいの微笑みを見せた。


「卒業、おめでとうございますー」
「まだだよ。早めんな」


斎藤に分厚い本で叩かれたが、それでも笑みを崩さない。


「俺の卒業喜んでるだろ、お前」
「嫌だなー部長。誰も嬉しいなんて思ってませんよー」
「嘘臭ぇな、お前」


疑わしそうに睨まれる。
だが、それもいつもの事なので気にしない。


「失礼ですねー。本心ですよー」
「洋平が言うと全部嘘に聞こえる」


キッパリと断言された。
流石にそこまで決め付けなくても言い気がする。
篠田は一度斎藤を見ると、次は本命のカメラに視線を移した。


「……そんなに欲しいのか?」
「卒業したら使わないって聞きましたー。なら、俺にくださいよー」
「結構傷が入ってるぞ?」
「気にしませんよー」


デザインと性能が気に入った。
人の物だとしても、構わない。


「……ふぅん。俺のでも良いのか」


斎藤が何かを考えるようにカメラを弄るその姿を篠田は静かに見守る。


「――――分かった、やるよ」


そして数分経った後、斎藤が言った。


「わー、ありがとうございますー」


念願のカメラが手に入る。
篠田は早速、斎藤の元へ両手を差し出した。


「ただし、条件がある」
「……条件、ですかー?」


首をかしげて聞き返した。


「俺が好きな奴を見付けること。それがカメラをやる条件だ」

楽しそうに告げる斎藤からの挑戦。
篠田がそれを受けない筈がなかった。


ーーーーー


「おはよーございます」
「何がおはようだ。もう昼だ」

部室に顔を見せるとどうやら斎藤がいたようで、顔に本をかぶせていた為に見えなかった斎藤がむくりと起き上がった。


「さっきまで寝ていた部長のことを思ってですよー」


あれから条件を言い渡されて数週間後、篠田は久しぶりに部室に姿を見せた。


「……寝させてくれよ。折角良い夢を見てたのに」
「永久に、ですかー?」
「誰もそんな事言ってねぇ。怖いこと言うな」


斎藤からまた頭を叩かれたが、これにももう慣れた。


「酷いですー。痛いですよー部長。お詫びにヒントくださいよー」


けれど条件の為に、篠田は大袈裟に痛がってみる。
もしかしたら、ヒントが貰えるかもしれない。


「ヒント?」
「そうですよー。部長が好きな人のヒントですー」
「……だろうな。お前がここに来る理由なんてそれくらいだよな」


他に何かあるのか。
その疑問は言葉に出さず飲み込んで、篠田はヒントを促す事に専念する。


「教えてくださいよー」
「調べろよ、ちゃんと」
「調べましたよー。副部長の俺なりに」
「どうだか」
「少なくとも、部長の周りの人は全く心当たりがないらしいですー」


周辺や昔少しだけ関わりがあった者。
取り敢えず、斎藤と会話したことある生徒全員に聞いたが、誰も知らないと言った。


「手当たり次第に聞きまくるなよ、洋平」


斎藤は嫌そうに溜め息をついたが、けどそれでも尻尾を出さない斎藤の徹底ぶりに篠田が溜め息をつきたい気分だ。


「俺は新聞部ですよー?聞き込みをしないと意味ないじゃないですかー」


直接相手に聞いて調べるのが一番確かな情報だと篠田は考える。
ずっとそれは変わらないし、これからも変わらないだろう。


「それを聞く為に、お前はどれだけ自分の情報を流したんだ」
「さあー。誰に何を言ったかなんて忘れましたー」


教えて貰うなら、教えてもらった分だけの情報を与える。
与え過ぎても、貰い過ぎてもいけない。

それは篠田の信条で、一年生で副部長にまでなれたのは、その信条があってこそだろう。


「自己犠牲し過ぎだ、お前は」


そう嫌そうに言いながら斎藤が篠田の頭を叩いたのは多分、斎藤自身と信条が逆だからだろう。

斎藤は情報の流出が堅い。
自分の情報も流さないし、当然相手の情報も流さない。
けれどそれは篠田にも通ずる部分は一部ある。
だが最も斎藤が篠田と違う所は、自身の情報に関しても堅い事だろう。

だから、斎藤は篠田が自分に関する情報に無頓着な事を快く思っていない。


「知られたくない情報なんて持ってたら面倒じゃないですかー」
「だからって全部流してどうすんだ」
「新聞部の存在は善にも悪にもなるんですよー?相手に牙を向かれた時に、弱味なんてない方が楽じゃないですかー」


篠田の意見に、斎藤は浮かない顔をする。


「本当、お前は危なっかしいな、洋平」
「何がですかー?」
「その考え方が、だよ」
「んー。よく分かりませんねー」


今まで一度も、篠田は自分の考え方を変だと思ったことはない。
現に今までも得した事はあっても困ったことはなかった。


「……ま、いつか気付いてくれ」


どうせすぐには無理だろ?と斎藤は哀しげに笑った。
なぜ笑ったのか、篠田にはその理由が分からなかった。


「で?ヒントが欲しいんだっけ?」


斎藤はすぐにいつもの雰囲気を帯びて口調を戻して篠田に尋ねた。
釣られて、篠田も普段のように戻る。


「そうですよー。ヒントください、ヒントー」


カメラをねだる時と同じように、篠田は両手を差し出す。


「ヒントね……」

斎藤は何かを考えるように腕を組みながら、言った。


「じゃあ、お前が聞きたい事を聞いてみろ。答えてやる」
「嘘を言うつもりですかー」
「嘘臭いお前じゃあるまいし、嘘を言うかよ」


斎藤は篠田をよく“嘘臭い”と言う。
篠田としてはそれを否定するつもりもなく、むしろそれを狙っている節がある。
だから別に良いのだが、あまり言われ過ぎるとやはり良い気分はしない。


「失礼ですねー、部長」
「で?聞くのか?聞かないのか?」


聞いたら情報をくれるというのに、その手に乗らない訳がない。


「聞きますよー、もちろん」


篠田は斎藤の提案に躊躇い無く乗った。

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あきゅろす。
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