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◆Short Novels
「手に入らないから……」


津野が県外の大学に行って、俺は県内の大学に行って、特に何も無かった。
文字通り、何も無かった。


「中塚ー。3コマ目取ってるだろ?サボりに付き合って?」
「悪い。俺真面目に生きるから」
「うわ、裏切り者」
「どこが。他の奴誘え。遠藤にしろ。アイツは不真面目だから」
「遠藤は寝るじゃん。つまんないじゃん」
「成瀬は?」
「成瀬は二人きりだと会話が無い!」


4月の後半に入ると一緒にいるメンバーが決まってくる。
メンバーは俺を入れて四人。
まず、遠藤はよく寝る。本当によく寝る。講義に間に合わなくて遅刻は当たり前で、遅刻になるから休むなんてのもよくある話。
結果、早々に俺らはモーニングコールの担当を決めた程。

成瀬は世話焼き、その反面口下手。あまり喋らない。食堂に行くといつの間にかお茶が並んでるとか、そんな感じ。無言で物を差し出してくる。話し上手じゃなくて聞き上手。

んで、俺をサボりに誘ってるのが津久井。一番話しやすくて気に入ってる。最初に仲良くなったのもコイツで、一人暮らしのコイツの家に入り浸る程。


「津久井、隣座る?」
「講義、任せて良い?」
「それは今更だな」


そして俺達は3コマ目の講義へ向かう。何て事ない、よくある風景だ。
すっかり慣れた。
津野からのメールで埋まってた受信覧に、主に津久井とかの大学からの友達で書き換えられる事も。
俺が入学式に送ってから、それからメールが返って来てない事も。
写真なんて無いから、自分の津野の記憶が新しい情報に消されてく事も。

大丈夫だよ。日常だ。
アイツには新しい日常が始まって、古い日常なんてのは消えてく。
人間の記憶の容量には限度があるんだ。古い日常の、まして仲良いクラスメイトでさえなかった俺なんて、真っ先に消されるべき情報だろ?塗り潰されるんだ。

そうして俺はアイツの生活からは消される。
受信覧の一番下まで落ちた俺のメールなんか気付かずに、容量がいっぱいになって、躊躇い無くまとめて消される。俺は迷惑メールとか会員メールの中に紛れて、返信されることも無い。
電話帳の'な'行はすっかり真新しい奴で埋まって、高校の時の同級生なんていう、目立たない俺は目にも止まらない。
そうして、俺は忘れられる。

これが、新しい日常だ。


「中塚ー」
「…なんだよ」
「今どこに居んの?」
「ここに居んだろ」
「嘘だ。心がお花畑に飛んでた」
「飛んでねぇよ。ちゃんと地面に足を着けてるよ」
「嘘だ。俺の事無視してただろ」
「それは本当だな。お前の事は考えてなかったわ」
「認めんのかよ」
「真実だからな。嘘を付かないことを信条にしてるから」


津久井たちは知ってる。津野の存在を。
誰も知らないだろ?津野が誰なのか。
だから、言えた。
程々に仲良かった友達がつれなくて寂しいんだって冗談っぼく。
それに共感してくれたのは、津久井だけ。
津久井だけが、俺もそういう友達居るって言ってくれた。
分からないだろ?たったその一言が、どれだけ俺の救いになったのか。醜い程に執着して忘れられないこの気持ちを欠片でも理解して貰えた気になったのか。
だから、俺はコイツが気に入ってるのかもしれない。
唯一の味方のように感じたコイツが、大切なのかもしれない。


「考えてたのは、例のお友達のこと?」
「まあ、そんなとこ」
「好きだねー」
「まあね。嫌いにはなれねぇな」
「たまに話聞くけど、良い奴とは言い難いぞ?」
「知ってる」


こんなに執着する部分が見当たらない位、津野は人間が出来てない。
好きな所を挙げれば幾らでも挙げれる。同じくらい、悪い所も挙げれる。
なのになんで、俺は津野が好きなんだろう。


「プレゼントのお返しなんて貰った覚えないし、パシりばっかだし、平気で二時間待たせた上でドタキャンも当たり前、待ち合わせに30分遅刻も当たり前だな」
「……酷いな」
「だよな。俺もそう思う」
「なら、何で好きなの?」


津久井の疑問は当たり前。津久井じゃなくても、多分みんな思うだろう。
だって、当の本人が思うんだから。

俺は津久井の肩に手を回して、学生証を預ける。サボるとかじゃなくて、講義の部屋の入室時間をICカードに通す為。


「なぁ、なんで?」


津久井が俺の分のカードも通し終えて、俺が陣取った席に返ってくる。


「……さぁ、何でだろうな」


決して手に入らないから、求め続けるんだ。アイツの心が高嶺の花みたいに、絶対自分の物にならないから執着するのかもしれない。
人間の本能だ。相手が逃げれば逃げる程、追いかけたくなる。むしろ追いかけられたら逃げたくなるっていう。

なら、手に入ったら好きじゃなくなるのかって?
それは俺だって分からない。
興味が失せるかもしれないし、変わらないかもしれない。


どっちにしても、今も俺は津野が好きだし、俺の日常には今も津野が存在しているのは確かなんだ。

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