闇の檻で
額から汗が滴り落ちている。
私の息遣い以外には、ただ古い校舎の床が軋む音だけが響いている。

右手からは血が溢れている。
仄暗い校舎の中には私の他に、目だけを金色に光らせた得体の知れない生き物が潜んでいる。
直ぐ様こんな場所は出てしまいたかったが、そうも行かない。

「こっちは生活がかかってるん―――だっ!」

再び前方の獣に手を伸ばす――

―――掴んだ

私は逃げようと体を捩るそれを引き寄せ、抱き抱えると、帰路を急いだ。
何とか今週の生活は凌げそうだ…。

――――――――――――
―――――――――
――――――

ドアを開けると依頼主とマスターが待っていた。
私が抱き抱える"ソレ"を見るや否や、依頼主は奇声を上げながら駆けてきた。

「おぉ…タマや…タマではないか…」

"タマ"と呼ばれた"ソレ"は主人を確認すると、私の腕からスルリと脱出した。

"タマ"――否、"三毛猫"は主人の脚に体を擦り寄せ一声

《にゃ〜ん》

と催促した。
依頼主は御礼を言い、代をマスターに預けて有ることを伝えると猫を抱えて去っていった。
これから、雑務が増えそうで怖い…。

依頼主が去ると、そんな依頼を受けたマスターと目が合う。
私が睨む前に目を反らされた。
「ねぇ? どんな魔獣が街で暴れてるって? あの子は脚が8対で口から粘着性の唾液とか吹く虫的な何かなの?」

依頼内容はその様な物だったはずだ。
なのにどうだ。
向かって見れば、それっぽい虫は居そうだが、いくら探せども蜘蛛の巣ぐらいしか無く、依頼書を良く見たら三毛とある。

漸く見つけたと思ったら、差し出した右手を引っ掻かれ、腐った床を踏み抜き、怪しい昆虫に噛まれ…
ただの猫探しにしては全身傷だらけだ。

「まあまあ…、たまには普通の依頼も良いでしょ?
 んじゃあ、これ報酬。」

封筒を開けると今週の食事代…いや、猫探し代にしては充分過ぎる様な金額が入っていた。
普通の依頼が多いのは平和な証拠だとマスターは言うし、私自身もその方が嬉しいのだが…

やはり最近金欠がちであるのは確かだ。
それにこの頃、何か大きな事が起こりそうで。

「ああ、それ今週の給料も入ってるからね。
 それからこれ、次の依頼。」

間違いない。金欠所か死活問題だ。
落胆しながらも、一見して伝票の様に見えるそれを渡される。
客が居るときにでも渡せるようにこの様な形状になっている。

其処には"捜索依頼"とあった。
場所は"化学薬品工場"…この街に薬品工場など一つしかない。
むしろそんな物があるのを知っている方が変だが、この街ではそれが普通で"誰しも知らない人など居ないほど"だ。

もう一度、依頼内容を確認して私は答えた。

「これ…、拒否してもいいかな?」

その理由は2つある。
一つはその場所に入ったと聞くマスコミや同業者が帰って来た事がないから
もう一つはそれが全く公にならない事だ。

内容はその行方不明者の捜索とあるが…
自分がそれらの仲間入りする羽目になるなら願い下げだ。

…しかも、100%の確率でなら尚更だ。

「あー…いや、それは駄目。と言うか無理なんだ。これを見てくれ。」

カウンターに何枚かのスライド(映像や写真を保管できる硝子)が乗せられた。

何やら巨大な試験管のような物の中で、生き物が飼われているのが見える。
一見魔導生物の養殖の様にも見えるが…

「その写真に映った台座が見えるかな…?」

一番大きく映し出されたスライドを指さされる。
何か人の名前の様に見える。
他の映像にもそれぞれ違う名前が書かれている。

それらは私の記憶の中に乗る生物の名前で、人間に位置する物と限りなく近い気がした。

「魔導生物に近い人間と言うこと?」

マスターは首を振ってメモリーカードを私に渡した。
私はポケットから取り出したメモ帳にそれを差し込む。
メモ帳と言っても紙を使った物などではなく、透明な板に幾つかの差し込み口がある薄い硝子の様な物だ。

今やこの"メモ帳"が無くてはならない存在となっている。
新聞や本や雑誌なんかもメモリーカードで販売しており、施設の入場券や公共の車に乗ったりするのにも必要だ。

差し込んだメモリーカードはどうやら新聞のようである。
透明の板の中に幾つかの記事が表示されるが、何枚目かの記事を見た所で画面を止めた。

「薬品工場で人間を改造してるのね…」

カードを抜いてマスターに返す。
受けたくなかった依頼が、更に受けたく無くなってしまった。

試験管生活は兎も角として、改造人間は簡便して欲しい所だ。
あまり人のいないこの世界で人が減るのは頂けないが…。

「それが事実なのか、もし事実なら助ける方法が無いのかを調査してきて欲しい。
 もしも、侵入した時点で危険と判断した時は絶対にそれ以上深入りせずに帰ってきてくれ。」

その時は拒否してもいいから。君に彼らの仲間入りされると嫌だからね。とマスターは言った。
困ると言わない辺りに彼からの愛情を感じたが、行かなければならないのは事実だ。

私は"ありがとう"とだけ言うと店を後にした。

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あきゅろす。
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