揺らぐ大地
部屋に閉じこめられて数年が経った。
僕はこの数年間、だれにも助けられる事なく生き続けている。
部屋に繁茂していた埃から食物を再現させ、棚だった場所はいまや立派な畑だ。
まさに自給自足空間と化して…

「いやいや、ないから。」

部屋に閉じこめられて数時間が経った。
当然この数時間の間、誰もこの部屋に出入りはしていない。
本に積もった埃で咽せつつ、食物を想像しながら本棚を漁っていた。後ろでくくった頭髪もいまや立派な白髪だ。

時計はもう直ぐ出ようと思ってセットした時間に到達しようとしていた。
この懐中時計について何か忘れている気がするが、何れ判る思い出せない事よりも今判らない事を解明するのに必死だった。

「穴を開ける禁忌より、湯を出したりバスルームを形成する呪文があれば真っ先に使…ブッ…クショッ」

思わず口に出してしまい、禁書に積もった誇りが口に入る。断じて洒落ではない。
今までひたすら何百冊もの本と向き合い、机の上に塔を形成するぐらい棚から降ろして積んでみたが、此処から抜け出せるような禁書は無かった。

これだけあれば、一冊ぐらい実用的な物があっても良いのではないか、という考えが甘かったようだ。
どれもこれも人を生き返らせたり、人を殺したり、動物を具現化させたり…、百回死んでも百二回は生き返って来れそうな内容の本ばかりだった。

「あとは、あの鉄格子の向こう側か…」

最後の一冊を手に取り、パラパラとページを捲りながら次の事を考えた。
錆び付いた鉄格子の向こうには何があるのか。
自分が出られるのか。

机の上に形成した塔を崩して遊んだらさぞかし面白

「ああ、頭が壊れていく…」

最後の本を机の上に置いて、時間を確認した。
15時だ。音でも鳴るのかと思って少し待ったが、壊れて居るのか何も起きない。
ローブの内ポケットに懐中時計をしまい、椅子から立った。

途端に足場が不安定になる。
突如として発生した横揺れに一時は耐えたものの、バランスを崩した本の本崩(ブックズレ)に押し倒された。

「いっ…!」

一冊で頭程もある大きさの本で半身が埋まってしまった。
体に懐中時計が当たって胸部に激痛が走った。

倒れた場所が悪かったのかも知れない。
か、昨日より以前に本当に運が尽きたのかも知れないと思った。

「あ、あ…」

振動で錆び付いた蝶番が朽ちたのか、分厚く思い鋼鉄製の扉がゆっくりと落ちてくる。
我に返って時間を止めようとしても、既に遅かったようで何事も無いかのように扉は

「い゛っ…ぎゃああ!」

積み上がった本の上にのし掛かって静止した。
脚の方から痛みが頭まで浸透してくる。
気絶してしまえば楽になれたかも知れないが、中途半端な痛みによって頭は覚醒したままだ。

しかも、血によって幾つかの禁書が発動したのか、脚は押しつぶされながらも再形成されていく。
よって、嫌でも頭は覚醒したままになるのだ。

「い゛…っう!」

一気に押しつぶされた方が楽だったかも知れない。
痛みで集中力が散漫になっているのか、扉の時間をなかなか止められなかった。

そこで、あることを思い出した。
唯一動く左側で、懐中時計を取り出して眺める。
銀色に輝くそれの裏には、薄くナレトロートと書かれている様に見える。

「こ、んな事に今まで気付かなかったなんて…ぁうっ!」

字が薄くなった上から傷が入って読めなかった字が、今なら読める気がした。
偶然手元にあった禁書と契約を素早く行い、形成した鎖に繋いだ"カイロスの時計"を足元に滑り込ませた。

鎖に魔力を通して、それを発動させた。

「契約施行――
 対象範囲を我を中心にした5m^2内に固定。
 述べ3501冊。範囲内の対象と契約を結ぶ。」

「契約に基づき、封印を司る禁書に命ずる――
 我を中心とした範囲5m^2にある禁書の契約による条件を封印。
 汝を覗く3501冊を我が管理する空間に納めよ。」

懐中時計により止めた時間を利用して、総ての禁書と契約し、その場で内容と効果を封印する。
更に封印した禁書を空間の裂け目に幾つかに分けて閉じ込める。

最初に契約した一冊を手に持ち、安全な場所に避難してから時間を動かした。
あれほどゆっくりと落ちて来るような感じがした扉は、時が動くといとも簡単に倒れた。

「っう…!」

頭が醒めて興奮状態が解除されたか、本との契約が絶たれたからか、地に付けようとした右脚に痛みが走った。

本来なら有るのが不自然な状態の筈だが、契約が切れても再生した現実は無くならないのか、あれだけ血が迸っていたにも関わらず骨折程度の物に見えた。

鎖を除去させ、床の血溜まりに落ちた懐中時計を拾う。
自分のハンカチで時計と床を軽く拭いて、時計は内ポケットに直した。

(それにしても、あの揺れは一体…?)

老師に叱られることよりも、先程の揺れの方が気に掛かった。
本来ならバレたら処刑されるだけの大罪を犯した方に気を掛けるのが最善なのだろうが、いまはあまり死ぬことを考えたくなかった。

とりあえず、魔法で扉を復元させておいて、後は何もなかったかの様に装う。そうするしかない。
そう自分に言い聞かせて、壊れた扉を復元しておいた。

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あきゅろす。
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