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※「少年・跳」 ネタバレ有
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  途中、視点人物の推移有
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き っ と そ れ は

途 方 も な い 彼 方 に

横 た わ る 夢







★=☆=








きょろりと円い瞳を分厚い瞼の下に覆い隠して、じっと眠りについている電伝虫の他に無人の室内には沈黙が満ちている。
今は固く閉ざされた瞳の向こう側で、シーザーの用意したこの下らない茶番を観戦するのだろう幾多の眼差しを思う。
そうして、ぎょろりと一興を見つめる眼球の中に、あの夜に別れを告げて以来音信不通となった気に入りの紅もきっと混ざっているのだろうか、と考えて、愚問だったなと苦笑いを零した。
元来持ち合わせた華やかさとは別に、気質そのものが派手に出来上がっているアイツのことだ。きっとこの下らない茶番も、一繋ぎのこの藍のどこかでご機嫌な笑みと共に鑑賞していることだろう。


こぽりこぽりと得体の知れない色の煙を吐き出しているフラスコ越しに設置された物言わぬ液晶のつるりとした表面を指先で撫でればひやりと冷たい温度が滲む。

仲介人に向けて発信される茶番にかけているシーザーの矜持なんてもんには露程も興味が湧かないけれど、それでも目的のためにと己の心臓を差し出してまで『仲良しごっこ』を演じている俺を、お前はこの液晶みたに無機質な映像越しに哂ってくれるだろうか。
それとも、…




つらつらと一人遊びに興じる思考を放って置けば、胸奥にそっと隠して鍵を掛けた下らない感情さえ持ち出してきてしまいそうな予感に、はたりと思考することを留める。が、留めたところで持ち出しかけたその感情の姿はもう既に此方の目に触れてしまったかのような諦念を棄てられない。



伸ばした指先を押し付けた真っ黒な液晶には、歪に歪んだ苦笑を唇に引いた無様が映っている。
瞳を閉ざして、こつりと額を押し当てた漆黒はまた、無機質にただ、冷たい。
ずくりと額から滲み始める冷気の浸食と共にこのまま液晶に溶け込んで、そうして0と1の数字の波を漂い流れてこの海のどこかにいるお前の元まで…





「ロー?」




ふわりと軽やかな微風に滲む甘やかな香が頬を撫でるような接近を許してしまったらしい女の声に、重たい瞼を億劫に持ち上げる。

振り返って応えてやるだけの愛想など持ち合わせていないローの顔と同様に映し出されたモネへ液晶越しに目を移せば、存外近くまでやってきていたらしいモネの不思議そうに傾げられた瞳と交錯する、視線。




「?…、ロー?、もしかしてあなた、泣いているの?」

「馬鹿言うな。なんで俺が泣く必要がある?」

「それは、分からないけれど」




ぱさりぱさりと軽やかな羽ばたきの音を残してぴたりと背後に降り立ったモネの存外温かな白い翼が、未だに振り返ろうとしないローの頬を撫でる。
接触を許せる程に親交を深めている訳でも気を許した訳でもないけれど。かと言ってその翼を払う気にもなれず力なく液晶に這わせた指先はそのまま、為すがままの姿勢を維持したローに一瞬驚いた顔をしたモネは、しかし次の瞬間にはそっと微笑んで、ばさりと広げた翼の中にローの痩身を包み込んで身を寄せた。
漆黒の液晶に映し出された不機嫌を微笑う。




「…何のつもりだ?」

「ふふ、温かいでしょう?」




耳元で囁きの如く零される言葉の意味を解しないローの顔が不快に歪められるのをじっと見つめる。


相変わらずどうして色っぽい男だと、思う。


決戦の傷跡を残して棄てられたこの島への滞在許可を求めてこの研究所へと単身姿を現したあの日、臆することなくシーザーの眼前へとしゃんと立ったその姿に艶を感じたあの瞬間から一切絶えることのないその色香は、いつだってどこか遠く切なさを孕んだ儚い脆さが醸し出す危うい色気だと、分析している。そして、そのどこか必死に諦めた振りをしているどろりとした瞳を覗き込んで、それでも諦めることなんてできないで焦がれ続けているその静かな情欲。
痩身を包む翼に劣等を感じたことはないけれど、それでももしこの翼とは別に五指を持っていたなら、この艶やかに煽って誘惑しながらも焦がれるその相手の他には処女の如く頑なな痩身を撫でて啼かせてやることくらいはできたのだろうかと考えてちょっと悔しく、なる。



新聞越しに不敵な笑みを浮かべて不遜なその紅の男を見つめるローの視線をちらりと盗み見たモネがノートに書き残したその男の名前。


『ユースタス・キャプテン・キッド』


凶悪な笑みを浮かべたその男が、ローと共に沈む白い波の中で一体どんな夢を見たというのだろう。
きっとそれを知る権利はこの翼に閉じ込めた男にのみ許された権利で、紙面越しにしか知らない男が抱いたローの熱を想うと、ずくりと下腹部が疼くような気がした。




嗚呼、きっと私は、不毛な恋をしているのだ。

口にするのも呆れてしまうような、恋を、きっと。



初恋は叶わないなんて、人間の下らない御伽噺のヒロインが言っていたような気がしたけれど、全くその通りになってしまった身の上を苦笑する他ない。
略奪愛なんていうのも燃える響きを発しているけれど、この男はそんな簡単に尻尾を振ってくれるような頭の軽い男なんかじゃないことは言われないでも承知していることなのだし。


シーザーも扱いずらそうにしている頭の良い男。
きっと一途で純粋な、想いを隠し持った聡明な。




「…離れろ」

「あら。私の身体はそんなにお気に召さない?」

「……」

「ふふ。冗談よ。そんなに怖い顔して睨まないで」




細く頼りない背中に押し当てていた胸に一瞥さえくれない釣れなさを苦笑って、寄せていた身を剥がす。


ふわりと、予定の時刻を待って黙している液晶に這わされた繊細な指先が真に求めている男の勝ち誇ったような笑みが脳裏に翻ったような気がして、じわりと胸を焦がす醜い何かからそっと目を背けた先でいつの間にか手にしたノートから零れ落ちていたらしい一枚のウォンテッド・シートに映えた紅を、煩わしく、感じた。







無 い モ ノ 強 請 り









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