喧騒の中心で指揮をとるのも一つの手ではありますが、貴方にお似合いだとはとても思えないのです。貴方が握り締めていいのは拳なんかじゃない筈なんです、きっと。貴方に握られるに相応しいのは"タクト"ですよ、絶対。だって私は貴方の奏でる世界を泳いでみたい。きっと柔らかな音色(なみ)が気持ちの良い事でしょう。 ★ 「え?ブルックさん今こっちに帰って来てんの?」 ランチタイムを少しばかり通り過ぎて、慌ただしさも一息着いた食堂の窓際に腰掛けて、ちびちびとパスタをつつくトラファルガーから告げられた内容を反芻しながら、本日のBランチと銘打たれたメインのカツ丼を咀嚼した。 「ん。何かでっかい講演も終わって、暫くはオケ活動もこっちで細々と気楽に自分達のペースでやりたいんだとか何とか言ってた」 「あー、らしい。あの人達らしいわ」 記憶の中に燦然とした輝きを放つあの日々の優しい思い出の数々を懐かしむ様に目を細めて、追憶にしばし身を浸す。 足りない見聞でこの世の全てを見誤りながらも必死に築き上げたちっぽけな自己の中で粋がった餓鬼が、足掻いて足掻いて目を背けていた世界の中から温かな手を差し延べて自身の未来への可能性を拓いて見せてくれた恩師とも呼べるその人が指差し照らしてくれたその道を、一歩一歩と手探りに未来へ向けて漸くここまで歩いて来たけれど、まだまだ到底手の届きそうにないその場所から優しさを奏でる恩師の姿はとても眩しい。 「近々ゆっくりとユースタス屋にも会いたいって言ってたから、そのうち此処にも来んじゃね?」 「大学に?わざわざ直接?」 「下心を存分に含ましてな」 「あー…まだ治ってねぇの?、アレ」 「全然」 追憶の波に浸した思考を集めて、まぁ、今更あの度を超した変癖が治るとは期待しちゃあいないけどな。と嘆息するトラファルガーに苦笑う。 敬愛する恩師であり、コイツの育ての義親でもあるブルックさんの過度な女性物の下着好きは、ブルックさんの所属するルンバ楽団の中だけならず、世間的にもちょっと有名な話だ。 (そういえば先日も共演したニコ・ロビンの下着を拝見させていただこうとしてそれはそれは凍てつくような瞳でにべもなく叩きのめされたとか何とかいった事が新聞に面白可笑しく取り上げられていた気がする。) しかしそれでも、下着の披露を願われた当事者となる女性を含め、世間が困ったような顔をしつつもどこか温かく許してしまうのはあの人の真の人柄あっての事なんだろう。…何だか複雑だが。 「それにまぁ」 「ん?」 「丁度ユースタス屋の演習公演が今度うちのミニホールであるって伝えといてやったから、下手したらルンバ総出で応援に来たりするんじゃね?」 「え、ちょ、マジかよ。うぁー、あの人達ならマジでやりかねないリアルな怖さがあるわ」 「ふふ、だろ?」 「いやいや、お前何他人事に笑ってやがる。マジにあの人達が見に来たらどうしてくれる」 「ん?マジにもクソも多分ってか絶対にルンバ総出で来るぜ?だって俺、前列の席二列分お前に予約しとけって頼まれてるし」 「思わぬ形での確定申告!?なら始めから来るって言えよバカ!!」 「俺に命令した揚句、暴言吐きやがるとは良い度胸じゃねぇか。当日はヨキさん達に蛍光色のスーツで来るようにドレスコードかけてやる」 「いやそれはマジで勘弁して下さい」 近い未来に立つステージから振り返った先に再会する蛍光色に彩られた面々を安易に想像するのは何も決して俺の想像力が逞しいなんてことが起因している訳ではなく、実際にあの人達がその様なあまりにも悪戯けたような恰好で世界的公演の場に登場するなどといったはちゃめちゃな事をやらかした前科持ちである為だ。 世界的なあの場であんな事を仕出かすことのできてしまう彼等にとって、たかが一大学のミニホールに蛍光色スーツで登場するなんて事は朝飯前の訳無い事に違いない。 それだけは全力で断固として阻止したい。 その為にも、未だ猶も食い続けて減らしたパスタの残り三分の一をこちらに押しやりながらニヤニヤと人の悪い笑みを浮かべて視線を寄越すトラファルガーから渡されたフォークを、俺は大人しくさも自然であるかのように引き継ぐ必要性が生まれてしまう訳だ。 そう、例えばこの不健康を体現するつもりでいるのかと、一度といわず二度も三度だって説教してやりたくなるような外見をしたトラファルガーに昼食のパスタ一人分位は完食しろよと叱り付けてやりたい思いを押し込めて。 「あ、そうそう」 「…まだ何かあんのか」 「何だよ。不満か?」 「いえ全く」 「可愛くねぇなぁ」 「必要ねぇ。で?」 「あ?あぁ、今度のその公演、当然麦わら屋達も来るって言ってんのは知ってるよな?」 「ああまぁ……って、まさか」 「ふふふ。あれ?分かっちゃった?」 くるくるりと巻き付けていたパスタが銀の三叉から逃げて行く。 まさか、まさかまさかまさか!!? だらだらと冷汗を垂らす俺を嘲笑うかのように一瞥して、それはそれは普段では到底お目にかかれないような笑顔を浮かべてみせる眼前のバカファルガーは、言う。 「火拳屋達も来るってさ」 奏造シンフォニィ 3 「……ルフィの兄ちゃんが来るって事は」 「当然、火拳屋の彼氏さんも来るんだろうな」 「……」 「下手な演奏したら燃やされるぞ?」 「…おう」 Contribution*0914 |