魔法学校SS
リマセブ(600Hitキリリク)
Love and a cough cannot be hid.
四月も半ばを過ぎたころ。
薬学教授、セブルス・スネイプの自室にある机に異変がおきた。
それは、一度や二度ではない。
きっかり今日で一週間、一日も欠かさず起きていた。
「不愉快な」という言葉を顔中に塗りたくったような表情で、スネイプはその異変を見つめる。
机に置かれたそれは、雫をはらんで月光を受けていた。
愛らしい二つ三つの花が、寄り添って置かれているのである。
今だみずみずしいその花を屑篭へ入れて仕舞うのはなんだか気が引けて、仕方なく…本当に仕方なくという心持ちで部屋の隅に活けて置いた。
それが一週間前。
今日も律義に置かれている異変と言う名のその花を、そっと摘んで花瓶に挿した。
黄色く小さなその花は、狭苦しい花瓶の中に居てなお寄り添い楽しげに揺れている。
はあ、とスネイプは一つため息をついた。
実は、この奇妙な悪戯の心当たりがないわけではない。
古い記憶だが、これと全く同じ経験をしたことがあるのだ。
(しかしあの時は、互いに子供だった。まさか覚えているはずもないだろう…)
目の前の花弁をつん、と突いて、スネイプの意識は過去へと飛んだ。
ーースリザリンの寮にいる自分。ベッドの脇に置かれた、小さく黄色い花。
(僕はそれを、嬉しいような悔しいような気持ちで見つめているーー。)
コンコンッ。
「!」
突然、ノックの音がしてスネイプの思い出はぶつりと途切れてしまった。
振り向くと、既に戸を開けて「やあ」などと微笑む同僚の姿。
「…入室を許可した覚えはないのだが」
「それは失敬。でもまだ入ってないよ」
この春から新たに同僚となった男、リーマス・J・ルーピンは己の足元を指差す。確かに敷居は跨いでいなかった。
「口答えは結構。何か用でも?」
「うん、あの…えーと」
もごもごと口ごもるルーピンを訝しみながら、とにかく入るなり出るなりして戸を閉めてくれたまえと遠回しに自室へ招いた。
スネイプの自室に足を踏み入れるなりルーピンは異様とも言える光景を見る。
部屋の隅、シンプルな花瓶に挿された黄色い花。
頭を寄せ合い、談笑しているようなその愛らしい様が全面アンティークなこの部屋に似あわなさすぎだった。
しかしルーピンが驚いたのはその光景に、ではない。
「まさか、その花…。飾って…いてくれるなんて」
その呟きに、思わずスネイプはルーピンを凝視した。
「…という事はルーピン、やはり貴様がこの花を…?」
ルーピンは照れ隠しをするようにスネイプへの視線を外し、頭をくしゃっと掻いた。
「…うん、そう」
「一週間にも渡ってか」
「…うん」
「何のためにこんな…」
不機嫌を増すスネイプの表情を見てとって、弁明するようにルーピンは言う。
「…君に!…いや…君と…、話しをしたくて」
「話しだと?」
「でも何と切り出せばいいかわからなくて…そしたら懐かしいこの花が、自生しているのを見つけたのだよ」
優しい視線を花のほうへ向けるルーピンに、スネイプは驚いたように言った。
「貴様、覚えているのか」
ルーピンも再び視線をスネイプへ戻す。
「…ってことは、君も覚えていてくれてたの!?」
途端に顔を赤らめたルーピンに首を傾げてスネイプは言った。
「?何を恥ずかしがる事がある?あれは当時のミスター・グリフィンドールの仕業ではないのか?むろん、貴様も一枚噛んでいたのだろうが」
「…なんだって!?」
赤らめた顔を引き締めて、今度は怒ったような表情だ。大人しい印象とは裏腹に、コイツは時々こんな顔を見せる。昔から、それを知っているのは限られた人間だけだった…いや、もしかするとヤツらでさえ知らない表情もあるのかも…。
ぼんやりとそんな事を思うスネイプを余所に、ルーピンは興奮しきって言った。
「とんでもない!とんでもない誤解だよセブルス!
彼らにこんなロマンチックな事を考えられる訳ないじゃないか!
これは、この花はねセブルス!フリージアと言うんだ!花言葉は無邪気、純潔!君のために、君だけのために僕が摘んだ、君の誕生花だ!」
一息にそこまで言い切って、ハタとルーピンは口をつぐんだ。
「なん…」
目をしぱたかせ、スネイプは視線だけを花に向ける。
「…だと…?」
誕生花?我輩の?
それでは幼かったあの頃、これを贈ってくれていたのは紛れも無い、ルーピンだったのか。
悪戯心からの贈り物だと頭から決め付けていたばかりに、素直に喜ぶ事ができなくて。
けれど捨てられなかったあの時の。
ふと、スネイプの中で過去の自分と今の自分が重なった。
そして、目の前にいる優男も過去の彼とだぶって見える。
互いに、この気持ちが何なのかさえ分からなかった少年時代。
交わす目線にさえ背徳感を覚えては、それを心の奥底に押し込んでいた。それを、今。
黙りこくったスネイプに、ルーピンは怖ず怖ずと近づく。
「セブ、ルス」
今も昔も彼のほうが背が高い。鳶色の髪と目もそのままに、増えた傷と口髭が年月を醸し出していた。
「…我輩の、誕生花と言ったな」
「そうだよ。可愛い花でしょ」
けして派手ではないが、確かに寄り添って咲く様は愛らしい。素朴だが、強い。そんな印象だ。
「我輩というよりは、お前にぴったりだ。このような花」
うまく、苦々しい声が出せていただろうか。妙に上擦ってなかったか。
甘酸っぱい思い出が胸の内を占拠して、今更ルーピンなぞに頬を染める醜態があってはならない。
そんなスネイプの思いを余所に、ルーピンはふふっと微笑んだ。相手の反応をみて、緊張が解けたようだ。
「それは誉め言葉として受け取っていいのかな?」
「戯れ言を…っおい」
片手でスネイプの髪を掻いて、表情を読んだルーピンは確信を込めて言った。
「何にせよ喜んで貰って良かった。きみに、ずっと会いたかったのは…僕だけじゃなかったんだね」
それは何処から湧いた自信なのかと叫んでやりたかったが、しかしスネイプはできなかった。
跳ねる鼓動と、至近距離の瞳。
ああ何とも、幸先の悪い新学期が始まった。
2010.0622
お題⇒Mr.Prince様
ながながとした文章になってしまった…生まれて初めてのリマセブ小説なものでかなり微妙なのですが、宜しければ貰って下さいv
じゃが様、リクエストありがとうございました!
[*Back][Next#]
無料HPエムペ!