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「会長だって俺様一人なんだぜ?会計のお前と一緒だろ。一人で全てこなせるなんてすげえじゃねえか。誇りに思えよ。」

会長と会計で何か掛けたつもりかこら。全然上手くねーし。一文字違いで大違いだよ。ラーメンとイケメンくらい違うわ。これは一文字違いじゃなくて二文字違いだけどね!誇りに思わせなくていいから私はもう一人人材が欲しい。一人でやってるのがすごいって、人を褒めると見せかけてさり気なく自画自賛しちゃてるこいつってどうなの。


またいつものように丸め込む姿勢に入ってる跡部を冷ややかに見る。今日は何がなんでも会計を一人増やしてもらうんだ。こいつのペースには乗らないぞ。何か新たな突破口はないかと思案しながら跡部の出してくれた紅茶に口付けた。

「な、なにこれ!うんまーい!」

喉を通る時に鼻を抜ける香りとか最高だし、紅茶特有の渋いような後味も全くないし、ストレートかってくらい甘くないのに甘党な私でも凄い美味しく感じる。何これ何これ本当に紅茶?跡部はこんなもの毎日飲んでるの?そりゃ美しくもなるはずだわ。口に入れる物で人間は構成されるんだって今初めて思い知らされたよ。

「…全部口に出てるぜ」

「うわまじで?恥ずかしっ!」

「やっぱりお前、可愛いわ」

「はぁ?」

何言っちゃってんのこの人?頭イカれちゃった系?美味しんぼの如く紅茶評論を展開した女に可愛いとか無縁だろ。何より今の流れでそんな言葉が出て来るのはおかしい。色々考え、私はこれも丸め込む策略の一種なんだという結論に辿り着いた。残念だったな跡部。そんなリップサービスに傾くそんじょそこらの女とは違うのだよ。何てったって私は日吉君大好き女だから。日吉君とお近付きになれたことだけが唯一生徒会に在籍しているメリットだと言える。ビバ!日吉がいる生活!

「もりこに抜けれたら、困るな。お前がいねえのに生徒会に来るなんざ、時間の無駄でしかねえ。」

跡部の無駄なピロートーク(?)はいつまで続くのだろうか。そんな浮ついた台詞を並べられるくらいなら今までのようにお互い干渉し得ない距離で会計業務をしていた方がよっぽどマシだ。今気付いたけど、何で名前呼び?たった一人の会計に抜けれたら困るのはわかるけどそこまで演技しなくてよくない?ホストかお前は。鳥肌が立つからそれ以上は御勘弁願いたい。

「頼れる奴なんかお前くらいだし、もりこが辞めるなら俺様も」

「辞めないから。もう辞めるとか言わないし会計も一人でいいから。その歯が抜けそうな睦言やめろ。」

私がそう言った途端、先程までの憂鬱そうな表情とは一変しニヒルな笑みを浮かべた跡部にまたしてもやられたという気持ちになった。まぁ、辞めないというまで延々あの馬鹿馬鹿しい営業トークを聞かされたのだろうから仕方のないことだ。跡部が早々とカップとソーサを片付け始めたので、その隙に私は捕虜にされていた鞄を取り返した。

「何一人で帰ろうとしてんだ。アーン?」

濡れた手を拭いながら跡部が戻って来た時、私はまさに扉を開こうとしていたところだった。いや、ちゃんと一声掛けて帰ろうと思っていましたよ。でも一人で帰ることを咎められる覚えはありません。まさか一緒に帰るとか言わないよねこの人。辞めないんだからもうさっきみたいな気持ち悪い演技もしなくていいんだし。

「まさかじゃねえよ。送ってやるからちょっと待ってろ。」

「え、私また口に出てた?」

「言わなくてもわかる。ほら、鞄寄越せ。」

「何?もう辞めないって言ってんだから鞄を人質にしないで下さい。」

「持ってやるっつってんだよ馬鹿。」

馬鹿はてめえの部活のマネージャーだろ!と跡部に気付かれないよう中指を立てる。テニス部のマネージャーって確か眼鏡が顔の一部ですってくらいよく似合う二年の男の子だったような。一回生徒会室まで予算報告に来たことがあったはず。ごめん、馬鹿だとか言って。いや言ったのは跡部だけど、便乗してごめんなさい。決して君は馬鹿ではない。君んとこの部長が空気を読めてないくらい有能すぎるから悪いんだよ。お詫びに今回の会計は私がしておくから、それで許してね。

扉を閉めて鍵を掛ける間、背中に痛いほど視線を感じていた。その鋭利な凶器から逃れようと足早に職員室へと向かう。私が何も言わずに歩み始めたことをさして気にも留めなかったようだ。ズゲズケとした眼差しが止む気配は一向に訪れないので、残念ながら跡部はしっかりと後ろにいるらしい。

「こんなに遅くなるなら日吉でも寄越せばよかったな。」

昇降口を出るまで何も言わなかった跡部が突然口を開いた。肌寒い風が首元を攻撃するので、せめてもと両手で温めようとした矢先に掛けられた言葉に私の体温は一気に上昇する。

日吉君が私を助けに来てくれていたかもしれないだって?嬉しいけど、そんな、日吉君が颯爽と現れたら仕事どころじゃないよ。『仕方のない人ですね』なんて、あの小憎たらしいながらも優しさの見え隠れする口調で言われたら、私どうしていいかわからない。恥ずかしさでとんでもない失態をしでかすに決まっている。残念だけど日吉君が来なくてよかった。こんな変態じみた妄想に浸るだけで私は充分幸せです。

年下なのに自分より断然仕事の出来る日吉君を私は尊敬している。いつも可愛くないことばかり言うけど跡部を前にして萎縮してしまうところは微笑ましい。確かに跡部は人間の理想を詰め込んだらこうなりましたみたいな奴だが、それに負けず劣らず日吉君も立派な人だ。常に自分を跡部と比較してやきもきしているそんな日吉君を見て、私は言いようのないジレンマに襲われる。安易な言葉は掛けられないが、いつか日吉君が跡部に捕らわれなくなればいいと思う。いっそ跡部消えてなくなっちまえよ、と。


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あきゅろす。
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