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ハニードロップ



2月13日、金曜日。


13日の、金曜日。


「ジェイソンだろ?」
さら、と篠ノ女が言う。

午前中の4時間の授業を消化した、生徒が騒がしい昼休み。


昼御飯をいつものように篠ノ女や朽葉、露草、平八さんと食べた後、朽葉は忘れ物を取りに剣道場へ。露草と平八さんは梵天の呼び出しにより職員室へ。露草だけが呼ばれたんだけど、露草は平八さんの襟首を掴んで連れて行った。
教室に残ったのは、俺と篠ノ女。


明日は、バレンタイン。
だけど、土曜日だ。
だから、篠ノ女は今日俺に渡してくれると思ったんだ。

若しくは、明日会おう、て言ってきてくれるかな、て思った。料理が得意な篠ノ女は、毎年俺に作ってきてくれてたから。

そう、思ってたんだ。

それなのに、さっきから俺が何気なく(否、かなりわざとらしく)「今日は2月13日だね、金曜日だね!」って言ったら今の通りだ。

「〜〜っ…!そうだけど……!」
確かに、ジェイソンだ。
でもジェイソンだったら「2月」は付けない。2月を重要視してほしい。

俺が唸っていると、篠ノ女が溜め息をついて、
「んだよお前。そんなまわりくどい言い方しねぇで手っ取り早く言っちまえよ」

……


確信犯だ。
わかってたんだ。


顔を上げると、篠ノ女はニヤニヤした、意地悪な顔をしていた。


あ、こいつ。俺で遊ぶ気だ。



俺は、真っ赤になって、

「…篠ノ女のバカ!ジェイソンに喰われろ!」
って言ってその場を走り去った。

多分その時の篠ノ女の顔は、ぽかーん、てしてたんだと思う。












結局あの後、篠ノ女とまともに顔を合わせることもできず、当然話すこともできず、そのまま下校してしまった。

篠ノ女も、話し掛けてこなかった。


(なんだろう…ジェイソンに喰われろ、て言っちゃったから怒ったのかな…) 

はぁ、と溜め息をついてベッドに倒れこむ。

週4日のバイトにやや普通じゃない(妖怪や霊と遭遇する)高校生も、金曜日は、一週間の疲れが溜まって眠い。


携帯を眺めて、メールが来てないことを確認して落胆し、謝ろうと思ってメール作成画面を立ち上げたけど、なんて言えば良いのかわからず、考えている内に睡魔が襲ってきて寝てしまった。





「……ん」

ふと寒気を感じて、起きると夜中の3時。
嫌な時間に起きたな、て思って寒気の元を探ろうと部屋を見渡すと、窓がほんの少し、開いていた。

(……あれ?帰ってから窓なんて開けた、かな…?)

まだ2月だし、寒いのは苦手だから窓なんて開けないはず。

身に覚えの無い現象に、ある考えに結び付く。


(まさか…)



首筋に、ヒヤリとした感じがした。











(やりすぎた、か)
放課後になっても、鴇は機嫌を損ねているようで、話し掛けてこなかった。


当然、メールも来なくて、送ろうとも思ったが鴇を余計怒らせてしまう気がして、結局送れなかった。


(明日、朝一番にメールして、鴇にチョコ渡す。渡せるか…?)



夜の、3時。
あれこれ考えてるうちに、夜中になっていて、バレンタインチョコを作り始めたのも2時からだった。

(チョコっつってもチョコレートケーキだけどな)
やはり菓子作りというのは良いもので、喜んで美味しそうに食べる鴇を想像してはニヤけていたが、機嫌を損ねさせてしまったことを思いだしてはへこんでいた。


そんな時、ヴヴヴ…と携帯が震えたに気付いた。

(誰だよこんな夜中に…)
そう思って携帯を開くと、今まさに思っていた人からのメールだった。



From:六合鴇時
Subject:ごめん
―――――――――――――――
今日は、あんなこと言って
ごめん。
篠ノ女のこと、
大好きだから。
明日、



(…って何で途中で終わってんだよ)
メールはそこで終わっていた。
訝しんで電話をしてみたが、鴇は出ないし、メールも来ない。


ふと、胸騒ぎがする。



(……まさか)
時刻は3時。



俺は、家を飛び出した。







「……っつ!」
首筋に、ヒヤリとしたものが触れた。
恐る恐る振り返ると、案の定。
人ならざるもの、が居た。


「…あ……」
助けを呼ぼうにも、声がでない。
体が震えて、動かない。

(何か、何か悪霊に効くの……そうだ、沙門さんから貰った御札!)

以前、沙門の寺を出る時に御守りだ、と言って沙門がくれた魔除けの札。
確か、机の引き出しに閉まってあったはず。


(だめだ、コイツが邪魔で取りにいけない…!)

鴇が今霊と対峙しているベッドからでは、霊を隔てた位置に机があるため、霊を越えなければ御札は取りにいけない。


(どうしよう…御札は無理だし……朝まで待ってたらその前に死んじゃう…!)

鴇がパニックを起こしている間にも、霊はおぞましい、地に這うような声をあげて近づいてくる。


どうする
どうしよう



誰か


助けて



篠ノ女



ヴヴヴ…ヴヴヴ…

「!」
途端に、携帯が鳴りだした。
手元にあった、開きっ放しの携帯を見ると電話のようで、着信画面に切り替わっており、そこには


(し、篠ノ女…?)


彼はエスパーかなんかだったろうか、どうしてこう、タイミングが良いのだろう。

ほっ、と安堵して出ようとした。


「うわあ!!」



しかし、急に霊が近づいて鴇の携帯を払いのけ、鴇にのしかかってきた。


「あっ……」

そのまま、霊は首を絞める。
障気をところかまわず撒き散らしているので、気分が悪くなる。

(苦、しい……息が……)


もうだめだ
篠ノ女
ごめん


視界が霞んでいき、意識が遠退こうとした瞬間。



「鴇!!」

ドアが勢い良く開かれたのと同時に、篠ノ女が助けに来てくれた。





「し…、…のの……め…」
か細い声で鴇は俺を呼んだ。
家に入ると(無用心にも鍵は閉まってなかった)、ベッドの上で悪霊に首を絞められている鴇がいた。


「…っんのやろう!!鴇から離れろ!!」
カッとなって、肌身放さず持ち歩いている御守りを投げつけた。



すると霊は、御守りが放った光によって消えていった。



「鴇!!」
篠ノ女が俺を抱き起こす。

「ゲホッ…し、しの…の…め…ゴホッ…どうして…」
気管支が急に解放されたため、咳き込みながらの俺をを介抱しつつ、篠ノ女は言った。


「メール」
と、篠ノ女の携帯を見せてくれた。

画面には、俺が寝る前まで考えていたメールの文章。

でも、送ったつもりのないソレに訝しんでいると、

「お前、どうせ携帯開きっぱなしで寝ちまって起きた時に寝ぼけて押したんだろ」
まぁ、そのおかげで助けにこれたんだけどな。
と言って、俺をベッドに寝かせ、床に転がってた俺の携帯を拾って見せた。

「うわ、本当だ。送信されてる」
恥ずかしい。あんな途中のメールが送られてるなんて。

「全く…どこもケガとかしてねぇか?」
クシャリ、と俺の髪を撫でてくれる篠ノ女の仕草が好きだ。

こくん、と頷くと篠ノ女はふわりと微笑んだ。


(ああ、やばい)
そんな顔、卑怯だ。

さっきまでの恐怖から、篠ノ女のおかげでこんなにも、心が穏やかになっていく。


「篠ノ女…」

「ん?」

「ありがと」

「ああ」

「大好き」

「愛してる」

「…!」

「悪かった。あんな意地悪ぃことしちまって。ちゃんと、つーか明日ってかもう今日なんだが、お前を家に呼んで、バレンタインチョコ食べさせるつもりだったんだ」

けど、お前の必死に俺のチョコを求める様子が可愛くて。


「篠ノ女。……俺も」

「ん?」

「…愛してる…」


「…ああ」

やばい、可愛い。
鴇の恥ずかしそうに顔を真っ赤にして言った「愛してる」が、とても可愛くて。
とても、愛しくて。
ずっと、守っていきたい。
そう思った。



「…立てるか?」
手を差し出した篠ノ女のその手を握ってなんとか立つ。

「…ちょっと…怖かった」
なんとか震えは納まったけど、それでもまだ心臓は早く脈打っている。
違う原因かもしれないけど。


「このままウチくるか?」

「うん。チョコ食べたいな」

「あ」

「ん?どうしたの?」

「いや…ひょっとしたら食べれないかも…」

「えぇ!?」

篠ノ女がしくったような顔をする。

「いや…飛び出してきたからちょっと色々やばい」
チョコレートが固まってたり…云々。

「え〜…。あ。…でも、それでもいいよ、許してあげる」

「ん?なんでだよ」

「秘密。さ、行こっ」
クエスチョンマークを頭に浮かべている篠ノ女の背中を押して、家を出る。

いつもは意地悪だけど、俺のこと、大事に思っていてくれてるんだ、てわかったからね。


ありがとう。篠ノ女。





END


Title→淑女にメスを、様




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あきゅろす。
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