いつもはこうじゃない 夕刻過ぎ、ジャーファルの姿が見当たらない。 午前中は王宮外での仕事を頼んであったように思うが、午後はいつも通りのはずだ。 いつも通り、と言っても、シンドバッドはジャーファルの仕事を細かくは知らない。 政務官としての働きについては報告の義務を命じていないためだ。 今日は特に急ぎの問題もないし、探しに出てみるかと腰を上げたところで、私室の扉を控え目にノックされる。 「ただ今戻りました。今日は先に休ませていただきます」 ノックに返事をしていないのに扉は開き、そのままもう一度閉まろうとする。 声の主の姿が見えたのは一瞬だが、ジャーファルが戻ってきたらしいことは分かった。 「待て、ジャーファル」 完全に扉の閉まり切る一瞬前に声を掛けると、そこで扉はピタリと止まった。 「どうした、遅かったな」 「少し手古摺りました。問題はありません」 「そうじゃない、顔を見せろ」 シンドバッドがジャーファルに有無を言わせず命令することは滅多になく、時に、そうあったときは、ジャーファルが違えることはない。 そのはずだが、扉はそれ以上開かれず、シンドバッドはもう一度小さく名を呼んだ。 そもそも、ジャーファルの仕事を把握していないのだ。 従って、いつもどこで何をしているのか分からないし、王宮内であっても目の届く範囲にいることは少ない。 なのに、今日に限って気になったのは、虫の知らせとも言える勘だ。 物凄く嫌な予感がする。 暫くの静けさの後に、ゆっくりと扉が開いたが、ジャーファルは隙間から顔を出しただけ。 嫌な予感がしていたが、ジャーファルの申し訳なさそうな顔に、シンドバッドの頬の筋肉も緩む。 「何をしているんだ」 笑みを含んだ声で聞くと、ジャーファルは一瞬視線を彷徨わせた、その後。 「裸同然なんです」 「…は?」 「いや、だから、ちょっとその、服を破ってしまいまして。王の前に裸で出るわけには」 視線が戻らず、まだ有らぬ方向を見ている。 子供の嘘だ。 「俺は気にしないが?」 シンドバッド、二十九歳、シンドリア国王。 全裸に葉っぱ一枚で公道を歩くことも厭わない男である。 それを思い出して、ジャーファルははっとしたようにまた扉を閉めようとした。 |