バレンタインの魔法 いつものように授業をし、いつものように保健室でたわいもない話をする。今日もそのはずだった。 そう、例の品を見るまでは。 「琥太郎先生ー、水嶋来てない?まだ終わってない仕事があるのに、『すみません、陽日先生。僕、これから大切な用事があるので失礼します』って逃げ出したんだ!!何なんだあいつは!!」 「騒がしいぞ、直獅。寝起きなんだ、あまり大声を出さないでくれ。頭に響く。あ、郁なら来てないぞ」 大きなあくびをしながら答える琥太郎先生。ふと散乱した机に目を向けると、そこには丁寧にラッピングされた箱が置いてある。 「あれ、琥太郎先生机の上に置いてあるのは何だ?」 「あぁ、夜久から貰ったんだよ。『いつもお世話になってるお礼です』ってな」 「えー、夜久からっ!!」 「直獅、話聞いてたか?」 「あー、すまん、すまん。うん、静かにする。で、なんでお世話になってるって理由であいつから貰ったんだ?」 「は?俺に聞くな。まぁ、多分今日がバレンタインだからとは思うが」 「そうかー、バレンタイン、って、バレンタイン!!」 保健室にある日めくりカレンダーを見る。日付を確認すると、そこには2月14日とはっきり書いてあった。 「その様子だと忘れてたみたいだな」 「すっかり忘れてた。最近日付とか気にしてなかったしな。あーあー、俺とした事が!!」 「別にそこまで気に病む事ないだろ?ホワイトデーじゃないんだ」 「あ、確かにそうだな!!でも、チョコ貰ってないのは寂しい」 「それは俺にはどうしようもないぞ」 そんな事を話しているとドアが開く音がする。音がする方を見ると、そこには水嶋が居た。手には琥太郎先生と同じ箱を持っている。 「ま、まさか水嶋も!!」 「あ、陽日先生。どうしたんです、いきなり?」 「そ、その手に持ってるのはどうしたんだ?」 「あぁ、これですか?さっき星月学園のお姫様から貰ったんですよ。『いつもお世話になってるお礼です』ってね」 「チョコなら俺も貰ったぞ」 「なんだ、琥太兄ぃもか。僕だけにくれたのかなって期待してたのに。残念。そういえば陽日先生は貰いました?」 「俺かっ!?お、俺は、その、あの………」 「まさか彼女から貰ってないとか?」 「そのまさかだ」 「うるさーい!!2人して傷を抉るような事言うな!!」 「すまん、すまん」 「どんまいですよ、陽日先生?」 「うぅ、俺はもう行く!!水嶋、仕事はちゃんとやっとけよ!!さぼるなよ!!」 「はいはい、分かってますよ」 俺は逃げるように保健室を後にした。今は職員室にも行く気がしない。特に行く用事もないが、気分転換に屋上庭園に向かう事にした。なんだかさっきより足取りが重く感じる。やっぱり自分だけ貰ってないのが思いのほかショックなのだろう。 俺にとって夜久は大切な生徒だ。けど、それ以上に俺はあいつの事が好きになってる。先生と生徒の関係でしかないのに、愛しく思ってしまう。このことをあいつは知らない。夜久が大切だからこそ、言えなくなるんだ。 立場が違い過ぎるから。 (………はぁ、なにナイーブになってるんだろ。こんなの、俺らしくないよな) 「陽日先生?」 「うわぁっ!!」 考え方をしていると急に後ろから声が聞こえる。振り向かなくても分かる。その声は紛れもなく夜久のもの。平常心と自分に言い聞かせ、俺は振り返った。 「すみません、驚かせてしまって」 「ん、あぁ、大丈夫だ!!俺こそ驚き過ぎてごめんな、ははは」 「なかなか陽日先生が見つからなかったんで、探し回っちゃいましたよ?」 「そ、そうだったのか!!すまん、すまん」 「………あの、陽日先生。こ、これ、受け取って下さい」 そう言うとあいつは袋を差し出してきた。俺はその袋に手を伸ばす。袋の中を覗くと、そこには琥太郎先生や水嶋とは違う包装紙の箱が入っていた。 「これは?」 「バレンタインのチョコです。陽日先生のだけは手作りなんで、味の保証はしません。それと、このチョコは義理なんかじゃないですからね」 「えっ、それって………」 「私、陽日先生の事が好きなんです」 「………俺だって好きだ。でも、俺は教師なんだぞ。それでも良いのか?」 「好きになるのに立場は関係ありません。 私は陽日先生がいいんです」 その言葉にハッとする。俺は今まで立場の違いから諦めていた。でも違った。俺はお前に対する気持ちに逃げていただけんだな。 (そっか、そうだよな) 俺は夜久の腕を引き寄せ、力一杯抱き締めた。 上手く言葉が出ない俺の気持ちが少しでも伝わるようにと。 バレンタインの魔法 今日からは生徒とではなく、 俺の大切な人へ。 [戻る] |