噂の人物
教室に入って既に登校していた友人たちと挨拶を交わし、荷物を適当に置いて席に座る。
表上はニコニコと笑っているが、その内側は落ち込みの青一色に染まっていた。
その理由は一目瞭然……
(結局フィルム見つからなかった……)
大事にとっておいたフィルムはいくら探しても見つからず、また明日にしようと水戸たちに引きずられるように家に帰った始末。
あれはただのフィルムではなく、
自分が良いと思った観察対象の桜木や水戸たちとの思い出、空や綺麗な植物などの特別なものが詰まっている。
(あぁどうしよう……。
今まで約3年間作ってきたアルバムが一気に味気なくなってしまう…)
「おい」
(いや待てよ、ここは水戸たちに頼んで昼3日分奢るという約束で探すのを手伝ってもらうか……)
「……おい」
『はっ!!』
隣から突如声を掛けられた棗は肩を上げて驚き、目を丸くさせたまま右を向く。
そして訝しげにこちらを見下ろす人物に驚きのあまりに言葉が出なかった。
『あ、あなた……』
頭に包帯を巻いた、屋上のところの階段で会った青年――ルカワだった。
何故彼が隣に立っているのかと困惑している間、机に彼の鞄が置かれていることに気づいた。
漸く棗は気づいたのだ。
自分の隣の席がルカワだということに。
道理で羨ましそうにこちらを見る女子がいると思っていれば、彼は女子から絶大な人気を誇っているらしい(水戸情報)。
話が繋がって心の中で合点と手を叩く。
『おはよう、病院ちゃんと行ってきたんだね』
体ごとルカワの方に向けた棗はやあやあと気楽に声を掛ける。
ルカワは小さく頷いて席につく。
『あなたが隣の席の人、ましてクラスメイトだったなんて気づかなかった』
人間では桜木(+軍団)の観察しか興味のない棗は悪気もなく淡々と笑って言いのけて見せた。
決して彼女に悪気はない、絶対に。
ルカワは眉間にシワを寄せたが鞄に手を入れて何かを取り出し、清潔そうなタオルを棗に黙って差し出す。
きょとんとさせた棗がタオルとルカワを交互に見やっていると、
「……タオル」
『見れば分かるけど……あぁ、昨日の……』
目の前のタオルは棗が渡したものではなく、昨日のは血でダメになった為に代わりのものを用意してくれたのだろうと推測。
『そんな律儀にしてくれなくても良かったのに』
「…医者に言われた」
『え?』
「止血が早かったから酷くならなかったって」
――だからその礼だ。
なんて言葉が付いてきそうな彼の淡白な返事。
気にしなくていいとは言ったが、
こうしてわざわざ代わりのものを持ってきてくれた厚意を無下にすることは出来ない。
棗は素直にありがとうと言ってそれを受け取る。
用が済んだルカワは何処か満足したような表情を一瞬見せ、そのまま机に突っ伏して夢の中に旅立った。
(寝るの早!)
どんだけ熟睡するスピードが速いんだとツッコみたかったが、直ぐに桜木のその後の経過が気になったことでルカワのことは頭から吹き飛んでしまっていた。
隣の席のルカワ
(大丈夫かな、桜木)
(……)
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