価値ある一敗
「ありがとうございました、田岡先生」
「赤木君、たった1年で見違えるようなチームになったな。
強くなった」
「はぁ…」
帰り支度を済ませた赤木たちは田岡に挨拶をした。
仙道は流川に握手をしようと手を差し出すが見事に叩かれ、
それから元気を出せと励ますように肩を叩いて話し掛ける棗と俯き気味の桜木の元に挨拶に行く。
『あ、仙道さん。今日はお疲れ様でした』
「ありがとう」
先に気づいた棗が声を掛けた。
「見せて貰ったよ、棗ちゃんが言ってた奴。
言ってた通りだったよ」
『ふふ、凄かったでしょう?
これからが頼もしくなるので目が離せませんね』
でも、と棗は言葉を途切らせ、困ったように頬を指先で軽く掻いた。
『今日の試合を見てさらに興味をそそる人が増えて大変そうです』
「是非それが誰か聞いてみたいな」
『まずは流川! あとは勿論仙道さん!』
「……!」
『わくわくしちゃいましたね、練習試合になのに』
インターハイ予選の時には一体どれだけ自分の興味を引かれる選手がいるのだろう、と興奮気味に満面の笑みで話す棗。
自分が目の前の少女に興味を持たれたことに胸に何かがこみ上げ、
仙道は嬉しそうに笑うとわしわしと大きな手で自分よりも小さい背の彼女を少し乱暴に撫でた。
それを見逃さなかった桜木は殺気を滲ませて「半径2メートル!!」と指差して怒る。
「桜木」
「むっ!」
呼ばれた声に目つきが悪くなり、うおっと棗の驚く声が隣で上がる。
「俺を倒すつもりなら、死ぬほど練習して来い」
「仙道…」
2人は握手を交わし、それを見ていた彦一は自分の死ぬほど練習して仙道のような選手になることを夢見た。
『えーと、相田君だよね、今日はお疲れ様』
自分の要チェック対象の彼らが気に留める棗とも最後の最後で話をすることが出来、彼女の存在は非常に彼らに大きいものだと話を通して感じた。
試合にも出ていない自分に労りの言葉をかけたのが気になり、訊いてみれば赤くなった指先に出来たペンだこを見て分かったらしい。
実際、彦一は情報収集のためにマル秘ノートにずっと書き続けていた。
(この寛大なんだか何処か抜けている性格、おまけに洞察力も半端じゃない……ますます要チェックや!)
「あ、そうだ棗ちゃん」
『何ですか?』
「お近づきにしるしに今度デートしようね」
「んなこと誰が許すかぁぁぁ!!」
『そうですねー、マネージャーも今日で終わりで暇になりますし……ぎょっ!!』
考えるような棗は返事する余裕も与えられず、後ろから猫が掴まれるように後ろ襟が持ち上がって体が浮く。
「帰るぞ、どあほう」
『流川!』
いつの間にか話が終わったのか、帰路を歩き始めた赤木が桜木たちを早くしろと呼ぶ。
返事も出来ずに流川に掴まれたままの棗は、とりあえず仙道と彦一に手を振って駅に連れて行かれる。
その後からさっさと下ろせと噛みつく桜木が。
「くっそー、大体オヤジが俺を出すのが遅すぎたんだよな。
もっと早く俺を出してりゃこんなことにはよー!」
「やめんか」
(もう、最初はパニくってたくせに……)
「ほっほっほっ。桜木君、慌てるでない。
これからこれから、ほっほっほっ」
二重顎をタプタプさせる桜木に対し、安西はのんびりと言葉を返すだけ。
そして首が絞まったと素知らぬ顔をしている流川に文句を言っている棗の方を向き直った。
「と言うことで、これからも頼みますね、棗君」
『これからも?』
「はい、これからも」
一週間で終わりのはずの約束。
それからは安西と赤木に一任しており、今現在何を言われているのか頭が追いつかなかった。
「期限最終日に遅刻したのだ。
罰として全国制覇するまで期間は延長だ」
『赤木さん…え、延長って……』
「つまりはマネージャー続行ってことよ、棗!」
『えぇぇ?』
彩子に言われて目を見開く棗だったが、これからの湘北バスケ部の成長をまた近くで見られるのだと思うと嬉しさを噛みしめた。
遅刻した罰という肩書きで下されたが、実際はこのまま続けて欲しかったというのが本音。
『これからも引き続き、役目を果たしたいと思います。
よろしくお願いします!』
湘北は敗れた。
だが桜木にとってこの試合は全ての始まりとなり、流川にも仙道という越えなければならない壁を知った。
近づくインターハイ予選――。
棗の正式マネージャーも決まり、
湘北はこの価値ある一敗をそれぞれが噛みしめ、胸の内に新たな闘志を燃え上がらせた。
消えない闘志
(仙道め……絶対に俺が倒す!)
(あんにゃろう……)
(おぉ、みんな燃えてる)
[*前へ][次へ#]
[戻る]
無料HPエムペ!