勝敗
「残り2分だ、ガンガン行くぞ!」
流れは完全に湘北に傾いていた。
赤木がいるのといないとは全く違い、いよいよ点差は1ゴールにまで上り詰めた。
そして木暮の3ポイントが決まり、湘北の1点リードに逆転した。
湧き上がる湘北の歓声。
水戸たちは紙吹雪を撒いて大盛り上がり。
「やるなぁ、湘北」
だが――この逆転が仙道に火をつけた。
先程よりも目が変わった仙道は桜木をいとも簡単に抜く。
赤木はそれを止めようとしてファールを取られ、バスケットカウント1スローを告げられた。
仙道は赤木にブロックされてもしっかりゴールにボールを入れ、フリースローも入れて一気に3点を稼いだことで再び陵南が2点差に引き戻した。
桜木はそんな仙道につくが、初心者の彼にはもう誤魔化しはきかない。
「ダメだ、仙道は強すぎる」
「あの流川でさえも止められなかったんだ。
初心者の桜木には無理だよ」
「で、でも桜木君いいディフェンスしてるよね、あの仙道さんを相手に。
この前バスケを始めたばかりなのに、良いディフェンスしてるよね?」
晴子の言うことは最もだった。
桜木はこの試合の中で確かにどんどん成長している。
その証拠にボールをカット出来るようになっていた。
『1番桜木の成長が見られる証拠は、仙道さんを見れば分かりますね』
彼は今まで涼しい顔をしていたのに、息が弾んでいた。
「先輩」
「ん?」
『ぶっ!』
楽しそうに試合を眺める棗を横目に、流川はタオルを棗にぶつけて立ち上がる。
「そろそろじゃねぇ?ラスト2分」
安西は頷き、流川は潮崎と交代してコートに入る。
向かう際にタオルをぶつけられたことに困った顔を浮かべる棗をジトリと見るのを忘れない。
よそ見をするな、というのを思い出したのか、棗はにっこりと笑ってガッツポーズを作った。
「流川君、桜木君」
今まで何も指示をしていなかった安西が動いて2人を手招き。
安西の言葉を聞いた2人は真っ先に嫌だと拒否するが、有無を言わさずに安西は元の定位置についてしまい、試合も再開されてしまった。
仙道にボールが回ると、彼の前には桜木と流川がついた。
『ダブルチーム…』
「仙道封じか!」
「俺の足を引っ張んじゃねぇぞ、流川!」
「よそ見してんじゃねぇ、初心者」
2人掛かりのプレッシャーによるディフェンスの中、田岡は仙道が楽しそうにプレーしているのを初めて見た。
結局は気が緩んだ桜木の隙を突いた仙道はそのまま抜いた。
「くっそー」
「気を抜きやがって、どあほうが」
「さぁ来い、1年坊主」
「…上等だ! 俺が倒すっつったら倒す!!」
「上等だ」
田岡は言った。
仙道は純粋にバスケットを楽しみ、目の前にいる相手との勝負を夢中で楽しんでいると。
――まるで近い将来のライバルたちを、歓迎するかのように……。
「さぁこの1本だ、ディフェンス!
絶対取るぞ!」
時間はあと1分ちょっと。点差は4点差。
「どうですか、先生?」
「止めればこの1本、まだ可能性がありますね」
裏を返せばこの1本が止められなければ湘北に勝ち目はないということ。
全ては桜木と流川が何処まで仙道に食らいついていけるかということにかかっていた。
「こういう勝負の場面では陵南は必ず……」
「そう、仙道君です」
再び仙道にボールが回り、桜木と流川のダブルチームがつく。
「抜かれた……!!」
「くっそー!」
ゴール下にいた赤木や追いついた流川は仙道のシュートを止めようと飛ぶが僅かに届かない。
だがそこで桜木がボールをカット。
「!」
『いいぞ桜木、ナイスブロック!!』
桜木はまだ生きているボールを拾ったのはいいが仙道がついたせいで動けず、
“パス”と言葉を聞いて投げ、その先が流川だということが分かると愕然とした。
その流川の3ポイントが決まり、点差はこれで1点差に詰めた。
「流川、流川!」
『ナイスシュート、流川ー』
絶対にパスをしないと誓った男に勢いにしろ回してしまったことに顔色が悪くなり、
ベンチの人間がナイスアシストと褒めるのを聞いて額に青筋を立てた。
「あと30秒、ディフェンス1本!!」
時間が刻々と無くなっていき、陵南は勝ったと思った。
だが残り15秒のところで赤木がボールをカットし、それを見た流川が動いて一気に上がった。
1度は仙道にカットされるも、ルーズボールを取った流川はラインを超える前に味方が走ってくるのを見て投げた。
「ナイスアシスト、流川!」
『桜木!』
ボールを取った桜木はスラムダンクを決めようと一歩踏み出すが、ふと晴子の方に意識を向けると、彼女と練習して会得したレイアップシュートを決めた。
沈黙から一気に歓声が沸きあがり、逆転した。
桜木は得意げに笑い、無理をするなと言っていた赤木も安堵したような表情を浮かべた。
『早く…早く戻って!!』
すっかり気を緩ませてしまった湘北に、棗は焦りの声を上げた。
既に次のボールは出され、陵南がこの土壇場になっても攻め始めたからだ。
「まだだ!」
ハッとした時には赤木の目の前をボールが横切り、パスが回って仙道に渡って速攻。
湘北は急いで戻り、残り5秒を切ったところで仙道がブロックに入った赤木と流川の間を簡単にかいくぐってシュートを決めてしまった。
もう時間がないと彩子は手からストップウォッチを垂らして項垂れた。
完全に油断をしていた湘北に、棗は目を伏せて思わず顔を背ける。
「タイムアップ!」
87対86の僅か1点差で湘北が負けた。
盛り上がる陵南に対して湘北のベンチは意気消沈。
「も、もう終わり…?」
桜木は終わったにも拘らずパスを求め、自分が履いている体育館シューズがぼろぼろに破けているのにも気づいていなかった。
本当にもう終わりだということに、桜木は床に頭突きをした。
悔やむ男
心底悔しそうなその姿を、誰もが黙って見つめていた。
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