寝坊助2人
由利棗、史上最大のピンチ。
寝癖だらけの跳ねた髪のまま見つめた先の時計にはガッチリ8時30分と刻まれていた。
遅れるなよと言っていた赤木の言葉を思い出して背筋が一気に凍り、これは鉄拳が来ると恐怖を感じてベッドから転がり落ちる。
マネージャー期限は今日までなのに、最終日に限ってまさかの失態。
急ピッチで支度をし、起きてから15分後に家を飛び出した。
このまま電車に乗っていけば何とか試合が始まるまでには間に合うだろう。
桜木を盾(生贄)にすれば赤木は何とかなるだろうとのんびりと電車に揺られて、陵南前駅まで眠った。
……しかし棗は忘れていた。
目的の駅に着いたのはいいが、さらに背筋がヒヤリとする感覚に襲われた。
恐怖の第二弾だった。
『陵南って……』
何 処 に あ る ?
『陵南高校の行き方知らなかった……!
どうしよう、まさかの誤算だ』
何でも出来そうに周りから見えるが、
棗は実際理屈上の地理は得意だが、方向感覚においての地理感は全くの0だった。
要するに迷子になりやすいということ。
時計を見れば多少まだ時間はあるが、こうもグズグズしていればいずれ非常にマズいことになる(翌日とか)
お手上げ状態の棗は頭を抱えた。
(誰か救世主とかいないのかな?
でもそんなに世の中甘くないし……)
――だがこの後棗は世の中捨てたものではないと直ぐに考えを変えた。
この青年の存在によって。
「陵南に行きたいの?」
『へっ?』
背後から聞こえた声に思わず声を上げて振り返る。
『うおっ』
振り返りざまに目の前に見えた広い胸板にと身長に圧倒されて一歩下がってしまった。
学ランを着た、高い身長に逞しい体つき。
特に目を引いたのは重力に逆らって立つツンツン頭。
それから目の前の彼が言ったことを思い出すと、慌てて何度も縦に頷く。
『陵南に行かなきゃいけないんですけど寝坊して、おまけに道が分からなくて絶体絶命なんです。
このままじゃゴリ…じゃなくてキャプテンに殴られます!』
「なんだ寝坊か、俺と同じだ」
『ん?』
顔面蒼白で冷や汗滲ませる棗とは違い、目の前の青年は自分も寝坊したんだとあっさりというものだから思わず呆然としてしまった。
そしてよく見れば、彼が来ている学ランが陵南のものだということに気づいてパァっと表所を明るくさせた。
「俺も陵南に行くから、案内がてら一緒に行こうか」
『い、良いんですか?』
「勿論」
にっこりと返されて棗は心の中でガッツポーズをする。
ツンツン頭さん万歳!!
それからツンツン頭もとい仙道彰という青年は学校に着くまでのんびりとしながら歩き、彼が自分より歳が1つ上でバスケ部に入っていることを知った。
自分が一応バスケ部のマネージャーということを話せば、仙道は陵南には女子のマネージャーがいないから華がないんだよねと愚痴を溢したので思わず笑ってしまった。
「湘北に君のようなマネージャーがいたとは知らなかったよ」
『と言っても、今日までの約束なので明日からは帰宅部に戻りますよ』
「今日までねぇ……惜しいなぁ」
『何がですか?』
「棗ちゃんみたいな子が湘北にいるなら、インターハイ予選でまた会えるのが楽しみだったんだけど」
大抵の女なら仙道の何気ないこの一言に胸を打たれるだろうが、棗はそんなものは全く気にすることなく手を顔の前で軽く振って笑って受け流す。
『やだなぁ、仙道さん。
お世辞言っても何もあげないですよ?』
「冗談じゃないんだけどなぁ」
基本的何処か抜けている性格は仙道も棗も共通しており、それに全く気付かないままこの話は次の話題の端に追いやられてしまった。
「棗ちゃんはなんで期限付きのマネージャーに?」
『近くで見たい(観察したい)人がいるんです』
「……へぇ、今日の試合で出るの?」
『分かりません、けど試合に出たらきっと凄いですよ。
彼は誰よりも負けず嫌いで、少し…いやかなり滅茶苦茶なところもありますけど……これからどんどん強くなる頼もしくなる人です』
「そこまで君が言う人は、誰?」
棗は天才と自称して高らかに笑う赤毛を思い出して笑った。
風が黒髪をそっと流して揺れる。
『それは向こうについてからのオタノシミです』
意地悪そうに笑うその表情に、仙道は思わず息を呑んだ。
優雅な微笑み
(あ、本当に時間がヤバいですよ仙道さん!)
(……)
(仙道さん?)
(……今日は楽しめそうだな)
(とりあえず走りますよ!)
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