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静かな昼下がり






昼休みになれば一目散に弁当とカメラ、スケッチブックを持って屋上へと目指す棗。



いつも誰もいないはずがそこには先客がいた。






『あれ、流川』


「……」





寝転がっていた流川は上体を起こして棗の姿を捉えると、ゆっくりと元の状態に戻ってこちらに背を向けた。





(黒猫みたいだ)





特に話すこともなく起こすのも悪いと持ったのでそのままにしていつもの貯水タンクの後ろに足を踏み出す。




例の柔道部がいないかと確認していると……背後から低く伸びた音。

気になって振り返れば音の出どころは寝そべっている大きな黒猫からと分かり、目が点になった。







ま さ か







(る、流川の腹の音?
いやでも昼休みと部活の為に来ているような人間が昼を食べないわけがないし……)





うんうんと考えている間にも何かを訴えるような音が断続的に屋上に広がって鳴り止まず、

やはりこれは空腹を主張するものなのだろうと解釈するしかなかった。



体を身軽に進行方向から返して音の発信源に近づき、腹が減ってそうな流川の顔を少し距離を置いてから覗き込む。





『流川、お昼は?』


「……忘レタ」


『……』





まさかの食いっぱぐれに気の毒にしか思えなかった。



沈黙の中……

ついに見かねた棗は自分の弁当を腹っぺらしの鼻先に掲げて見せた。





シンプルな藍色の包みのそれを見た流川はほんの少しだけ反応し、ちらっと棗を見上げた。





『私の弁当で良ければ、どうぞ?』


「……」





それを聞くと流川は目を丸くさせ、良いのかと弁当と棗を交互に何度か見た。


いや、ちゃんと言葉にしてよ。





「アンタのは?」





昼休みが終わっちゃうぞ、と言って無理やり体を起こさせて手に弁当を乗せられた流川は包みを解きながら訊ねた。

言葉と行動が伴っていないのだが。





『私は朝食べ過ぎてそんなにお腹空いてない。
丁度いいから食べちゃってよ、味は保証しないけど』


「……サンキュ」


『いーえ』





それから流川が弁当を食べている間、

棗はスケッチブックを出して描きかけの絵に意識を傾ける。





校舎からは賑やかな声が聞こえ、自分たちがいる場所がどれだけ静かなのかしみじみと感じる。





「その絵……」





弁当を食べ終えて空腹がおさまったのか、

ほっと内心一息ついていた流川は恩人とも言えるクラスメイトが描くスケッチブックの中身を見て言葉を溢す。





『あ、コレ?
この前のバスケ勝負の時のだよ』





白い世界にモノクロで彩られた世界は、赤木を巻き込んでボールをリングに叩き込む桜木。



芸術には興味ない流川だったが、棗が描くそれは素人でも上手いと感じるものだった。




完成したのかタッチが擦れないように施してスケッチブックを閉じる棗は、他人に見せたのは桜木たちしかいない為少し照れ臭そうに後頭部を掻いて笑った。





『私、自分の言うのもあれだけど一度見たものを記憶してそれを絵に描くことが得意なの。

記憶が薄い所は微かに補正もあるけどね』



「……素人の絵に見えねぇな」



『ありがとう、そう言って貰えて嬉しいよ』





流川から元の状態に包んだ空になった弁当箱を受け取り、まだ時間があるなと時計を確認する。





「弁当、助かった」


『いえいえ、お粗末さまでした。
味はどうだった?』


「……悪くねぇ」


『そっか、良かった』





素直に美味しいと言えない流川だったが、棗はカラカラと笑うだけで弁当箱をしまう。








――春の温かさが空腹を満たした流川の眠気を誘った。


普通ならそのまま横になってしまうのだが、今はどうしても起きていたいと思ってしまう。

この時だけ自分の眠気が少し恨めしく思った。





『そういえば流川って知ってたんだね、私の名前』





首元で結った髪を風に遊ばせながら棗は今更ながらに思ったことをせっかくだから言ってみた。
流川は人の名前を覚えていない。


まともに名前と顔を一致させたことなどなかった。


流川は返す言葉を考えるように黙ると…






「アンタの名前だけは…覚えてた」

『ふーん』





流川の目が眠気を帯びてきた。

夢の中に旅立つまで時間はかからないだろうと見た。





「……入学式の時、アンタの声が頭に残って離れなかった」





おそらく新入生代表の言葉の時のことだろう。

そんな前から自分のことを記憶に残していたのかと思うと彼にしては珍しいんだなと感心した。





「アンタの声……凄く安心する」





ついに限界が来たのかウトウトとさせた流川は前に傾き、力尽きたかのように前に倒れ込んで棗の膝元に頭を預けて寝息を立てた。



いきなりのことに慌てたがこうして一度寝てしまえば彼が中々起きないことを既に知っていた棗は諦めたように溜息をつき、

格子に背を預けて寄りかかって流川の観察を試みる。




端正な顔立ちを見れば見るほど女子に人気な理由が分かり、そんな彼の寝顔を見ているのが自分だけど思うと複雑な思いを抱えて苦笑しか出ない。





騒がれていてもやはり彼はまだ高校1年生であり子供、まだあどけなさが伺えた。





『ったく……タダ飯に加えてタダ枕、おまけに残りの授業は巻き添え食ってサボりか……これは高くつくよ』





そう呟くと、これくらいはいいだろうと片頬を軽く引っ張ってやった。






餌付けされた黒猫


(わ、面白い)

((……ヤメロ))

実は狸寝入りだった流川。



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