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そんなことを思って、何だか不思議だなと想う彰は、いわゆる“オタクコーナー”で何冊かライトノベルと漫画を手に取っている吉田をじっと見つめた。


(……けっこう、手、大きいのか)


 棚の漫画を手に取る吉田の手は、意外に男らしく、彰はそんなギャップに見惚れ、うっかり吉田の手を凝視してしまった。


「……ん? どうしたの?」


 ふと視線に気付いたのか、こっちを向いた吉田に思わずドキリとして、慌てて目を逸らす。


「え、あ。な、何でもない」

「そっか」


 そう言って口元を微笑させる吉田に、つられて彰も笑った。


(……何気に、声もいいんだよなあ。声だけ聴くと、色男みたいだし。長身だし、何気にスタイルもいいし)


 見れば見るほど、吉田は素材がかならいいのだとわかった。

 それと同時に、勿体無いなとも思う。


(こんだけ条件がそろってんだったら、顔は微妙だとしてもモテるだろうに)


 あのもっさりした髪と、大きなビン底眼鏡が非常に残念だ。

 性格だって問題がある訳じゃないし、むしろ紳士的と言えるだろう。 

 これだったらさぞ女子にはモテるはずだ。


「……」


 そう思ったら、何だかもやっと胸が気持ち悪くなった気がしたけれど、彰は覚えのあるこの感情を知らぬふりをした。


(……いやいや、ないない)


 そう内心唱える彰は、信じられない思いで胸を押さえる。


(俺、ホモじゃねーし。モヤモヤとか、嫉妬とかありえねーし)


 うんうんと自分に言い聞かせるように頷く彰。

 うん、そうだよもっての他だよ、と心の中で唱え続けていると、突然耳元で声がした。


「あの、相川君……」

「ふひゃっ!?」


 囁きかけるようなそれに、びくんと思わず反応しる彰に、吉田は困惑したように僅かに身を引く。


「あ、ごめん。えっと……」


 何やら言いにくそうにしている吉田に、彰は突然のことにドキドキしながら、首を傾げた。


「何だよ?」


 突然耳に囁かれた、滑らかなテノールボイスに顔を赤らめていた彰だったが、非常に言いにくそうにしている吉田に、だんだんと焦れったくなってきて、急かすように言う。

 すると、吉田はおずおずと身を寄せてきた。


(えっ、ちょ、ちょっと近過ぎじゃないか……?)


 どきどきしながらも困惑する彰に、吉田は耳元に唇を近付けて、静かに囁く。

 彰は、微かに伝わる吐息に、びくりと肩を震わせた。


(え、えぇえ……!?)





「その……。──……チャック、開いてる」

「……へ? ──って、うぉわあっ!?」


 言われて、自分の下半身を見た彰は悲鳴を上げた。

 確かに、彰の社会の窓は全開で、堂々とこんにちわをしていた。


(ぎゃーーーーーー!!!!!)


 吉田が隠すように体を寄せていてくれたのがまだ救いだった。


(さっきのトイレの時か!? あああそういえばあの時ケータイ落としそうになって……)


 そのインパクトのせいでチャックを上げるという手順がとばされ、今に至ったのか。

 彰は顔から火が出そうになりながら、慌ててチャックを上げる。


(さ、最悪だ……)


 泣きたい。というかもういっそ死にたい。

 チャック全開という羞恥心もあるが、それに気付かなかった自分のマヌケさにも嫌気が差して、彰は地に埋もれたくなった。


(どうか、誰にも見られてませんように……!)


「あ、りがと、吉田」


 かああ、と顔を赤くさせて気まずい思いで礼を言う。


「あ、うん」

「……? もう、離れてもいーぞ」


 もうチャックを上げたというのに、未だに彰にくっていている吉田に、きょとんと首を傾げた。

 すると、吉田も無意気だったようで、はっとしたように慌てて離れた。


「あ、ごめんっ」

「え、いや、別に?」


 何で吉田が謝るんだ? と思いながらも、吉田の勢いにつられて頷く。


「えっと……。とにかく、もっと早く気付くべきだったよね。ごめん」

「いや、吉田が謝ることじゃないって。俺がマヌケだったから……。ほんと、ありがとな」

「いや……」



 
 ──後にこのことは、彰の中で“チャック事件”と呼ばれるようになった。







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あきゅろす。
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