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モスフロックスの行方
たくさんの愛人に囁いているであろう科白が欲しいわけじゃない。きらきら光る大きな宝石だとか、高級ホテルの最上階のディナーだとか、そういった“特別”が欲しいわけじゃない。

ただわたしは寝起きに彼がいれたエスプレッソが飲めたらと思うし、彼の運転する車の助手席で中身のない話を彼に聞いてもらいながら街を廻れたらと思う。そう、たったそれだけ。たまには怒られたり怒ったりすると思うし、泣いたりもするかもしれない。
だけど、多分、次の瞬間にはなにもなかったかのようにまた笑えると思うから。だって、いつまでもそんな気持ちをズルズルと引きずるのはわたしも性に合わないし。だからね。だからわたし、彼には告げなかった。一生告げる気なんてさらさらなかった。嫌だったんだもん。それをすることによってあっさりと捨てられていく今までの数えきれない愛人たちのようにはなりたくなかった。ちっぽけなプライドが許さなかった。

わたしの彼氏は世界一のヒットマンで。好きだったの。本当に。最初はそれこそ肩書きしか見てなかったけれど、でも、そうじゃない彼を見て感じて好きだと思ったの。愛しいって。彼のために、って。
好きになったほうが負けって、一体誰が言い出したんだろう。



「だからね、わたし、」

言えなかった。愛人と別れてほしい、だなんて。口が裂けても。結局のところわたしは臆病なだけで、伝える勇気もなかった。静かにゆっくりと言葉を紡いだわたしに、ツナくんはそのきれいな目を細めた。宝石よりきっと美しいであろうその瞳が陰る。そんな顔、似合わない。昔の彼を知っているわたしは思わずそう思ってしまう。だけど、マフィアを継いでイタリアに移住して数年が経った今、彼はそうやって似合わない表情を時に浮かべるようになった。きっとそれはわたしもだと思う。それが大人になったのだということなら、すこしだけ切なさを伴うのは何でだろうね。

「ツナくん、わたし、日本に帰ろうと思う」

もともとわたしはイタリアには住んでいないわけで、今回はたまたま仕事だったってだけ。しばらく頭を冷やしたいなあって思う、から。

「…友達の僕が止めても?」
「あは、ありがとう」

その言葉は素直にうれしい。うん、でも、ごめんね。困ったように笑えば、ツナくんも困ったように笑った。その表情は昔からよく知っているツナくんのものだ。

「…わかったよ。じゃあ飛行機のチケットは僕が手配しておくよ」
「ほんと?うれしい!」
「その必要はないぞ」

静かな、声色だった。水面に葉っぱが一枚落ちて波紋を残すような。静かだけど、力強い。それはわたしもツナくんもよく知る声。ぎくりと思わず肩が跳ねたのは仕方がない。
ツナくんは最初から彼がそこに居たことを知っていたかのようにゆっくりと扉へと視線を投げた。遅いよ、リボーン。その言葉にぎろりと彼がツナくんを睨みつける。昔の彼だったら、怯えていただろうに。今のツナくんはぴんと背筋を伸ばして、まっすぐ彼を見つめていた。
そんなツナくんが腹立たしいと言わんばかりに彼はひとつ舌打ちをしてからわたしの前に一瞬でやってきかと思えば、そのまま腕を突然捕まれた。

「!ちょ、え!?」
「…貸しひとつだからね、リボーン」
「誰に言ってやがる、ダメツナ」

きっと二人にしかわからない会話なのだろう。わたしにはまったくわからないもの。その意味を考えている暇もなく、わたしの視界からツナくんがあっという間に消えた。ぐいぐいと引っ張られているそこが熱くて仕方がない。最後、目があったツナくんがくすくすと小さく笑っていたのは何故だろう。

「まっ、て!」

リボーン。呟いてから気がついた。久々に彼の名を紡いだことに。見ればわかる。しなやかな生地で仕立てられた黒のスーツ姿、ほどよく香る彼のにおい。ぎゅっとそれらに胸が縮んだ。くるしいだなんて、今更。

「わ、わたしホテルに帰って荷物を包まなきゃ!」
「その必要はない」
「な、に言って、」

その必要はない?あなたがそれを言うの?ずっと、ずっと、ずうっと。わたしがどんなきもちだったかなんて、なのに、それをあなたが言うの?

「はなしてっ!!」

ぱしんと何かが爆発したみたいに力いっぱい、彼の腕を払いのけた。睨みつければ相変わらずなにも読めない顔色。瞳の奥はいつだって冷んやりとしていて。ますます、かなしくなった。

「…リボーンはいつだってそうだよ。何も言わないよね」

伝わると思った?何も言わなくても、わたしがなんでもわかると、そう思っていた?
ツナくんたちにはリボーンのきもちがわかるのかもしれない。だってずっと一緒だったんだもん。だけど、わたしにはわからないことだらけで、一生懸命理解しようと努力だってした。した、けど。

「…わかんない。わたし、リボーンのこと、言いたいこととか思ってること、とか。考えてること」

なにも。本当に。だって、なにも言わないんだもん。どれだけそれが不安だったかなんて、

「知らないでしょう?」
「全員の女と切ってきたぞ」
「…、?」

なんの、はなし。噛み合わないその会話にぷかりと浮かぶ疑問。苛々としていた気持ちが一瞬にしてどこかにいってしまった。それぐらい彼の瞳は真剣さを帯びていて。だけど相変わらず澄ました顔でわたしをまっすぐと見つめて。それから、こう言ったのだ。



「Io sono piuttosto sposare」



「…ま、ま、まっ、て!わ、たしイタリア語あんまりわかんないんだけど、」

わかんない、けど。だけど、今のは、だって。うそ、でしょう?

「返事は決まってんだろ?」

…どれだけ自信過剰、なの。強気なそれに思わずあんぐりと情けなくも変な顔になった。だけど、そのあと素直にこぼれ落ちてきたうれし涙にリボーンが満足げに笑ったのがぼやけた視界でわかった、から。
なによ、ばか。くやしいから、とりあえず涙が止まるまで返事はしてあげない!




Io sono piuttosto sposare/俺と結婚しろ





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