柔らかな束縛
怒られ役。
冷暖房完備の体育館で、ボクは毎日白いボールを打ち上げている。
166センチのボクがこの場に居続けられるのは恐らく、小学生の頃からセッt
(まずった!)
▼18:24
「廻ゴルァアアァア!!」
案の定飛んでくる女鬼コーチの喝。
すみませんを5回ほど唱えてみたけれど無駄だった。つねられた頬がずきずき痛む。
ちらりと体育館入り口付近に目線を移すと、マネージャーと立ち話している顧問が目に入った。
そのまま見上げた先の時計が示すのは18時25分。
我が校の部活終了時刻は18時30分だ。
(よし、あと…)
「5分だなァ?廻」
「そうですね…」
肩に回されたコーチの手が重い。気のせいではない、Gを、重力を感じる。
恥ずかしながら完全に思考パターンを読まれてしまっていたようだ。
居たたまれなくなってまごつくボクに、コーチはわざとらしく舌打ちをしてからニヤリと笑い、声を張り上げた。
「しゃーない、ラスト一本!」
チーム全員の声が重なる。毎日何度も訪れる些細な瞬間ではあるが、ラスト一本となると気合いが違うものだ。
それでもコートに立つ寸前、ボクはもう一度入り口に目をやった。
待っていた人が、そこにいた。
▼18:36
ラスト一本はあっさり決まった。
コーチが声を荒げることもなく、むしろ誉めて頂きたいぐらいの出来だ。
勿論これは、セッターであるボクが、レギュラーメンバーのキレのある動きに恵まれたお陰だが。
意気揚々と更衣室へ向かうボクとは対照的に、面白くなさそうなのはコーチその人。
「…腹立つー。だったら最初から決めとけよ」
「失敗の方が少ないじゃないですか…」
「ゼ・ロ・に・し・ろ!!」
すみませんを今度は5秒に15回の勢いで唱えてみたけれど、やはり無駄以外の何物でもなかった。
コーチの骨張った大きな手は3.5秒経過時点でボクの頬をつまみ上げていた。
涙で僅かに歪んだ視界の中で、彼女はさらさらロングヘアを震わせて必死に笑いを堪えていた。
▼19:06
さっきから隣が落ち着かない。
思い出し笑いと言うか、笑いの余韻に浸っている。今の絹華はまさにそんな様子である。
「だって、今日の最後の二人、まるでコメディ映画みたいで」
こういう喩えに“コント”を出してこない辺り絹華様らしい…違う、そういうことを言いたいのではなくて。
「…前に、ほっぺたがすごく柔らかくなりそうなので止めて下さい、って言ったのね」
「えぇ」
「そしたら」
しかし実際口をついて出たのは、ちょっぴり恥ずかしい出来事をいつまでも笑われていることに対しての非難とはまるで違うお話。
「逆に鍛えられて硬くなるから気にするなって言われた」
「ッ!!」
遂に堪えきれなくなったらしく、コロコロと鈴の音のような笑い声が響く。
学校では絶対に見られない、実に愉快そうな絹華。
結局ボクは、絹華がボクの前でだけこうやって素直に感情を表してくれるのが嬉しくて仕方ないのだ。
絹華が笑ってくれるのなら、こんなお話いくらでもしてあげる。
(でもたまには、)
「ねぇ、日曜日の試合、観に行ってもいいでしょう?」
一通り笑って満足したのか、絹華がボクの顔を覗き込む。
期待に満ちたその表情に、ボクは大きく頷いて答えた。
「エースセッターの実力、ご覧に入れましょう」
インスタントヒーロー!
(カッコいいとこだって見せたいじゃん、ねぇ?)
※ボクっ娘視点って初めてだから新鮮。
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