[携帯モード] [URL送信]

be free
止められないもの。

暖かい日が続いたと思えば、今日は急に気温が下がり、朝から雨が降り続いている。
雨の日は憂鬱だ。
元々出不精なのに、家での作業すらはかどらなくなる。

課題に行き詰まってしまった私は、ベランダに出て煙草を口にくわえた。
別に吸わずとも生きていける。しかし妙に口寂しくなる時があり、一箱だけは常備している。

減りが遅いため箱が空になる頃にはすっかり湿気を吸ってしまい、いつも気の抜けた味がした。
数週間前に買ったこの箱のラスト一本である今回もまた同じで、私は半ば溜め息のように煙を吐いた。

少々不自然なやり方で口内の煙を送り出すと、それは小さな輪になって空に溶けていった。
こういう下らない遊びが好きな私が、ヘビースモーカーであるバイト先の店長に教わったものだ。

一つ、また一つ。
白い輪っかは連なって、薄暗い中を昇っていく。


「また吸ってる」


自己満足に浸っていた私の背後で声がした。
振り向くとそこにいたのは勿論姉で、いかにも仕事帰りといった格好だった。
荷物ぐらい自分の部屋に置いてから来ればいいのにと思う。


「またって。ライトスモーカーにも程があるよ、私」
「そうじゃなくて。止めなさいって言ってるでしょ」


火元はまだフィルターまで距離がある。消すには早い。
私は姉の言葉などお構いなしにまた、煙を肺に取り込んだ。
姉は困ったような顔をして、しかし私から煙草を奪おうとはしなかった。


「キスする時、苦いのよ、やっぱり」


窓辺にハンドバッグを置いて、姉はベランダ用スリッパに両足を差し入れた。

そのピンクのスリッパは、今私が履いているブルーのそれとお揃いだ。
時折缶酎ハイを片手に夜景を二人で眺める時間があって、その為に買った安物だった。

後ろ手にガラス戸を閉めて、私に身体を寄せる姉。
戸とサッシは僅かに隙間が空いていたが、長居をするつもりもないので気にはならなかった。


「何度も聞いた」
「何度も言ったもの」
「でも、」


同じく何度もした反論を聞くより前に、姉は私に口付けた。
触れるだけのキスがだんだんと深いものになり、姉の舌がタールに侵された私の舌を舐る。

離れた途端漏れた吐息は白く、件の煙とさして変わらない見た目に反して随分と甘いそれに妙な錯覚を起こした。


「ほら、結局した」
「当たり前でしょ?苦いとは言っても、したいのよ」


肩をすくめた姉が、少し湿った私の髪に触れる。
気恥ずかしさにふと手元を見ると、灰はすっかり長くなってしまっていた。


「もし遥希が猛毒で出来ていたとしても、私はキスを止めないわ」


雨音が弱まったような気がする。
そのタイミングで響いた言葉に私の思考は一瞬にして奪われ、跳ねるように顔を上げてしまった。




甘くて白く濁った毒




キザな台詞だと笑ってみせるも、きっと彼女は本当にそうするのだろうと私は心のどこかで確信していた。
微笑んだ綺麗な顔がもう一度視界を支配した時、最後の灰が落ちた感触が指先に伝わった。








※中毒症状。

[←]
[戻る]


あきゅろす。
無料HPエムペ!