彼女は耳を塞ぐ


「あ……お弁当忘れた」

 些細な忘れ物。でも、もしかしたらこれが災難の始まりだったのかもしれない。


ハラペコ少女D


 お昼休み。自家製のお弁当を忘れたのに気が付いたのはついさっきの事。
 早起きして気合いを入れたお弁当に未練を残しながらも、購買へ行くため可愛らしくデフォルトされた雨蛙の蝦蟇口がまぐち財布を手に教室を出ようとした瞬間、軽快な木琴やら鉄琴の音が鳴り響いた。

『一年E組蓮本さん、至急相談室に来て下さい。繰り返します――』

 …………私、何かした?

 基本的に授業だってしっかり出席しているし今のところ無遅刻無欠席無早退だし授業態度も普通。財布を手に持ったまま相談室の前で理由を考える。
……一向にわかる気配はないけど。

 まあ、お腹の空き具合もかなりキてるし相談室内に居るだろう先生に聞けば理由なんて解ることなので自分で考えるのは止めて目の前のドアを叩いてから開ける。

「一年E組の蓮本です」

 中には学年主任の佐伯先生がいた。

「おお来たか。そこに座って」

 先生と机を挟んで座ると今から取り調べを受けるんじゃないかと言う気分になってきた。

 いやいや、私なにもしてないから緊張する必要性は全くないんだけどね。

「で、なんですか? 私なにかしました?」

「うーん。したって言うよりもねえ、君三年生の階よく行ってるでしょ」

 きっと、学年の違う生徒同士の喧嘩やらなんやらのイザコザが起きないように、フラフラと他学年の階へ行くな、と言う事なのだろう。

「ちょっと人を探してただけです。もう止めました」

「でもなあ、こないだ三日月が一年の階に来ただろ? 何人かの生徒から連絡きてるんだよね」

「三日月……? 私そんな先輩は知りませんけど」

「…………え?」

 先生の動きが止まってしまった。
 きっと私がその三日月と言う先輩を知っている事が前提で話を進めていたから、私が知らないと言う反応に戸惑ってるらしい。――コイツ、こんな事のために私を呼び出したの?
 腹が空きすぎてイライラしてきた。

「うーん。でもなあ、心当たりない? 三日月雅雪」

「ないです。初耳です。先生私おなか空いたんですけど、お昼は購買なんで行っていいですか? いいですよねコチトラあと30分もしたら授業開始なのにそれまでに食料買って腹に入れないといけないんです。だいたい、こんな急ぎでも何でもない話は放課後にでも呼び出せばいいものを先生が昼休みなんかに急に呼び出すから私の貴重な食事タイムの時間が押してるんです良いですよねもう行っても。私お腹空きすぎて今なら先生の天辺辺りの髪の毛毛根傷付けながらむしり採れる気がするんです、て言うことでこの話は終わりで良いですよね」

 バンッ、と机に手を叩きつけて勢いよく立ち上がる。

「あ、ああ。そ――」

「りーおーちゃんっ。大きな音がしたから見に来ちゃった。大丈夫? 先生にセクラハされてない?」

「「は?」」

 机を叩いた直後、先生の返事に被さるようにして変態似非優男が入ってきた。

「三日月! お前何で此処に……」

「なんでって、莉央ちゃんがこの部屋に入るの見たからさ。お昼ご飯一緒に食べようと思ってドアの前で待ってたんですよ」

 先生が言ってた三日月って――!

 こ い つ か ー !

「蓮本……お前三日月の事は知らないんじゃなかったのか」

「先生。私その似非優男とは知り合いでもなんでもないんです。むしろ名前だって今知ったぐらいな他人なんです」

「あれ? そう言えば名前教えてなかったっけ? 三日月 雅雪ね。まーくんでも雅君でも呼び捨てでも、好きなように呼んで良いからね」

「あーあーあー、なーにーもーきーこーえーなーいー」

 パタパタと耳を手で塞いだり離したりしながら声を出して似非優男の言葉を遮断する。なんか名前知ったら本当に知り合いになったみたいになるじゃないか。変態な知り合いなんてお断りだぜこの野郎。

「莉央ちゃんは面白いなあ」

「さーんーまーがーたーべーたーい。はーらーへっーたあああ」

「お前らは一体……どんな関係なんだ?」

「うーん。友達以上恋人未満ってところですかねえ」

「あーかーのーたーにーんー」

「蓮本……お前聞こえてたのか」

「あ、」

彼女は耳を塞ぐ

(俺は微笑ましく笑う)
10.01.23


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あきゅろす。
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