すっぽりと腕の中に収まる彼女


 ナニコレ、嫌がらせ? 精神的にジワジワといたぶっていくという陰湿な嫌がらせなの?

校舎内の廊下J

 外は黒い雲に覆われ今にも降り始めそうな天気。時刻は四時四十四分と言う如何にも不吉な時刻。そして今私が走っている廊下は省エネだとか節電だとかエコだとかのせいで電気一つ点いていない薄暗く長い直線の廊下。

「っは、もっ、来てない……?」

 長い直線の廊下を半分ほど走り終えてからだろうか。後ろからの足音が無くなった事に気が付き、一旦振り返って後ろを確認した私はまた前に向き直りそのまま不気味な直線の廊下を歩いて渡る。

 だいぶ息も整い、もう少しで廊下の端にある階段にたどり着くと思った時、階段を駆け上がる足音と共に窓から雷光がさして男のシルエットが見えた。

 ま、まさか……。

「莉央ちゃんみぃーつけたっ」

「ひいいっ、キモイっ!」

 一瞬硬直したものの、すぐに踵を返して来た道を全力で走る。後ろからは満面の笑みを浮かべたドM変態似非馬鹿優男。かれこれ私たちは一時間ほど追いかけっことも呼べる逃走劇を繰り広げている。

「莉央ちゃん一緒に帰ろうよー」
「嫌です。無理です無理です無理ですキモイキモイキモイイイイ!」

 拒絶の言葉を吐かれても全く気にした様子はなく、しかも前よりも笑顔が素敵になっている変態似非優男。息一つ乱さず、顔色一つ変えずに笑顔で追いかけられるのは気色が悪すぎる。誰でもいいから誰か助けてくれと願ったのは今日だけじゃない。かれこれこんなのが三日目、つまり今日を抜いても昨日、一昨日と、二回もこんな逃走劇を連日で繰り広げているのだ。ちなみに二日とも最後は私が上靴のまま家まで全力疾走コースだ。十メートルほど後ろにはシッカリ変態似非優男もくっついてきていた。しかも上靴はちゃんと履き替えて!

「莉央ちゃーん」
「来ないでください! キモイんでえええ!」

 変態似非優男はもう私の直ぐ後ろまで来ている。そして目の前には階段。迷う暇もなく近くの登り階段を踏み出した。

が、

「あ、」
「莉央ちゃんっ!」

 階段を半分も登らない内に駆使し続けた足が上がらなくなり階段を踏み外してしまった。しかもそのまま下に真っ逆様。
え、なに?
なんなの?
ワタシ馬鹿なの?
死ぬの?

「セーフ。どこも痛くない? 心臓がドキドキするのは俺にトキメいてるから仕方ないけど、その他は大丈夫?」

 私は地面に叩きつけられる事はなく、横抱き――通称お姫様だっこ――でキャッチされた。冷静に考えて、横抱きでキャッチする方が難しいのではないだろうか。

「いやいやいや、全くもってトキメいてませんから降ろして下さい助けてくれたのは感謝してますアリガトウゴザイマシタ。早く降ろしてください」
「ふふっ、莉央ちゃんは照れ屋なうえに謙虚なんだね。お姫様抱っこの事は気にしなくていいよ。在り来たりな漫画のトキメキシーンみたいに莉央ちゃんにトキメいてもらおうと思ってやっただけだから」

 こいつ人の生死の境にそんな事考えてたのか。てかやっぱりこの格好は故意な上にイヤらしい思考回路の末だったのね! キ モ す ぎ る !

「降ろせ、……てください。別に貴方に横抱きにされてもトキメいたりなんてしないですから無意味ですから!」
「うん、もう少しだけこうさせて?」
「は? 今すぐ降ろせやこの変態っ! つか人が来たらパンツ丸見えなんですけど私!」
「ふはっじゃあ隠れようか」


すっぽりと腕の中に収まる彼女

(嬉しい腕の痛みを噛み締める俺)
10.3.4


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