逃げ惑う私の心


 鳴り響く携帯のバイブ音。認識して間もないけど、恐らく十件ほどの着信履歴が私の携帯に追加されているだろう。
 瞼を開けるのが億劫で、手探りで着信を切る。これが合図。決して電話にでたりなんかしない。そしてアイツも早く私を捨てればいい。

「姉貴っ! 朝! 起きろっ!」

 やっと瞼を開く気になったぐらいに、ガンっ、と勢いよくドアを開けながら弟の愁介が私を起こしにくる。これはもう、私が小学校に入る頃には始まっていたから一応見慣れた光景だ。

「起きてるし。愁、あんたまたドア壊す気?」

 見慣れた光景ではあるのだが、寝起きの低血圧に加え騒々しいまでの起こされ方、しかもこの起こされ方のせいで二年ほど前に一度私の部屋のドアは金具ごと吹っ飛んだ。
 ――私とひとつしか変わらないくせに、学習たるものを知らないらしい。だいたい、華の女子高生直前の姉の部屋に何の断りもなく入ってくるのはどうなの。
 ――今の私に文句を言わせたら止まりそうにないから此処までにしておく。

「あっわりぃ。なーんか姉貴起こすのって気合い入るんだよな」
「あそ。てゆうか、早くでて行きなさいよ」

 枕元にある白いテディベアを掴みながら愁介を睨み付ける。暗に投げてやろうかと言う意味合いで。

「わ、わかったから投げんなって!じゃあ姉っ早くリビング来いよ」

 名残惜しそうにリビングへ行く弟に軽く手を揺らして応えた。もちろん、シッシ、とあっち行けの揺らし方――払い方だけど。

『着信あり、十一件』
『未読メール、一件』

 携帯の待ち受けにでた文字。メールを開けば、おはよう、だとか、ちゃんと起きれたか、だとか、当たり障りのない内容。まあ、こんなものだろう。
 制服に着替えてリビングに行きすでに朝食に手をつけている弟の隣に座った。

「いただきます」

 心なしかいつもよりも手の込んだ朝食を咀嚼していく。

「姉貴、俺バッチ配る係りだからさきに行くな」
「あっそ」
「姉貴には俺が付けんだから他の奴に貰うなよ!」
「そんな事どうでもいいから早く行きなさいよ」

 うっ、絶対だからな! と一瞬口ごもりながらも念を押してから鞄を持って出て行った。

『未読メール、一件』

 部屋に戻り、サブ画面から覗く文字。
 ――返事の来ないメールを送る気持ちが分からない。


 学校に着けばいつもよりも騒がしく、案の定時間を予測して待ちかまえていただろう愁介が駆け寄ってきた。

「あんた、なんでバッチ一つしか持ってないのよ」
「他はとっくに配り終わったからに決まってんじゃん。」

 姉貴動くなよ、と造花ミニブーケのついたバッチをブレザーの左胸辺りに付けられた。周りを見ればバッチは手渡しで配られていて二年が直接卒業生に付けたりなんかしていない。

「私も手渡しでいいんだけど」
「いいじゃんか。今日は特別だし?」

 あっ髪みだれてる、と小さく呟きながら私の頭を撫でるように髪を整え、私の後ろへ視線を向けながら言葉をつないだ。

「ね? カズ先輩」
「…………え?」


私の、今の彼氏の名を。


「え、あ、まあ。おはよう篠崎」

 ソイツは振り向いた私と目があうと苦笑いに照れと嬉しさが混じったような顔をした。

この時間に来た自分が、恨めしい。

(ああ、あと五分遅ければ)
09.09.20


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あきゅろす。
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