白いテディベア


 吐き出した息は白く、コートにマフラー、手袋やホッカイロなどが必須アイテムになり、カップルであれば寄り添う季節。

「なあ篠崎、クリスマスイブって」

 私と“彼氏”は寄り添う事などせず、一定の間隔をあけて歩いていた。風が吹けば冷たい壁のようにも感じる。

「あいてない」
「そっ、か。家族と過ごすのか?」
「まあ」

 言葉を遮って断りを入れれば“彼氏”は寂しそうな表情を浮かべ、明らかに落ち込んで見せた。
 今や恋人達の日になりつつあるクリスマス。そんな日に誰かと寄り添いたい一心で適度な恋人を作る馬鹿も現代では少なくない。――私は、こいつもその一人ではないかと思っている。

「んー、じゃあしょうがないか。本当はデートとか誘いたかったんだけど……。家族じゃなあ。あー、愁介が羨ましい」
「……愁?」
「うーん。だってさ、」

 苦笑いを浮かべて独り言を呟く“彼氏”の口から愁介の名前が出た所に疑問を問えば何故か頬を赤く染めてモソモソと話始めた。

「篠崎と毎日一緒に居れるんだぜ? なにもない日もそうだけど、正月も節分も雛祭りもエイプリルフールもこどもの日も七夕もハロウィンもクリスマスも年末も、上手くすれば毎年一緒に居られるじゃん。ほーんと、羨ましいよ」
「……そう」

 上手くすれば毎年一緒、ね。
 確かにそうだけど、兄弟ならば恋愛感情も沸かないのだから実際は有り難みもなにもない。



***



「「メリークリスマス!」」

 カチンと割と大きめな音を発てたグラスが割れないか一瞬不安になった。確か去年ぐらいに愁介が割ったから余計に。

「はい、これは愁ちゃんで」
「これはリカのだ」

 両親仲良く言葉を繋いだ両親は用意してあった大きめな――いや、大きい箱を私たちに渡してきた。母の腕がピクピクしているところを見ると結構な重さがあるらしい。ちなみに私のはピンクの包装で愁介のは青い包装。

「「あ、ありがとう」」

 二人で口元をヒクつかせながら包装された箱を受け取り、そのまま床に置いた。

「愁ちゃんっ」
「リカっ」
「なんで開けないの!」
「なんで開けないんだ!」「「…………」」

 大袈裟に慌て始めた両親に溜め息を吐きたくなった。愁介は我慢せずに溜め息を吐いて箱を膝に置き包みを開け始めている。どうやら諦めたらしい。

「ほら、リカもあけてくれ」

 急かす父に折れた私もゆっくり包装を解いてゆく。ゆっくりなのは中身を確認したくない一心で、だ。

 なぜ私たちが箱を開けたがらないかと言うと、両親から毎年クリスマスに貰う箱――一般的にクリスマスプレゼントと言われる物――は大抵の場合不幸が詰まっていると言うパンドラの箱のような物なのだ。何が入っているのかわからない上に私たちを酷くドン引きさせるような物が詰まっていたりする。ちなみに去年は着せ替え人形が五十体ほど詰まっていた。替えのパーツ一式も一緒に。あれは軽くトラウマ物だったから倉庫に元の箱ごと放り込んである。

 そっと箱を開くと出てきたのは燕尾服だった。明らかに男物。

「か、母さん、? 明らか中身間違えてるんだけど」「愁、多分あんたのこっち。ほら」
「待って!」

 愁介と箱を取り替えようとした瞬間、母が私達止めた。しかも何故かニヤニヤと気持ち悪い笑みを浮かべている。これはもう嫌な予感しかしない。

「二人のプレゼントはそれで合ってるの。一度でいいから着てみて? ちゃんとウィッグも入ってるし、愁ちゃんにはお化粧もしてあげるから、ね?」
「ね? じゃねえよ! 俺こんなん着ないからな! 姉貴に着せるべきだ!」
「えー。だって今年を逃したら二人ともいろんな意味で大きくなっちゃって男装女装どころじゃなくなりそうでしょ? ね、パパ?」
「ああ、愁介は背も伸びてガタイが良くなりそうだし、リカだってもうむ」
「黙れ! そうゆうのをセクハラっつーんだ! 姉貴がグレたらどうしてくれんだよ!」

 下らない言い争い始めた三人はもう無視して愁介の箱から服を取り出す。
 …………黒のドレスって。両親は私達になにを求めているのだろう。楽しそうに口喧嘩しているところを見ると私達の嫌な顔が見たいからだとか喧嘩するほど仲がいいと言う諺を信じて親子喧嘩というコミュニケーションを取りたいだけに思える。仕事柄あまり家に居ないため寂しいのかもしれない。若しくは久しぶりに顔を合わせた私達の緊張を解すため、とか。

「じ、じゃあウィッグだけでも」
「つけねえよ!」

 ――考えすぎかもしれない。


「はあ、仕方ない。じゃあリカはドレス、愁介は燕尾服に着替えておいで」
「ふふっ、たまにはいいでしょ? きっと似合うわ」
「……やっぱり中身逆だったんじゃない。最初から普通に渡せばいいのに」
「そーだよ! 無駄に変な汗かいた」
「うふふ、やあねえ。二人の背が同じ位だからあわよくば、って態と中身を反対にしたのよ」
「詰め物もしっかり入ってるだろ?」
「「…………」」

 なんて親だ。

 一旦部屋に戻り着替えてリビングに入ると先に着替え終えた愁介と両親が待っていた。ソファーに移ったらしい母の手には化粧品、愁介は椅子に座らされたまま父に髪を弄られている。そして両親もドレスアップされているしカメラが用意されている所から家族写真か何かを取るつもりらしい。
 母に化粧を施され全員の準備が終われば直ぐに写真撮影をしてそのまま夕食をとった。


 夕食後、部屋に戻り携帯を開くと二時間ほど前にメールが一件。内容を理解した瞬間、コートも羽織らずに急いで外に出る。今朝から降り始めていた雪は積もり、冷たい空気は私の肌を刺した。

「三日月……?」
「こんな時間にごめ、ってそんな格好じゃ風邪引く!」

 塀の外に呼び掛ければ“彼氏”が包みを抱え、照れ臭そうに出てきた。でも目が合うと直ぐに顔色を変えて私に駆け寄ってくる。

「メリークリスマス。こんな時間に押し掛けてマジごめんな。これ、どうしても渡したかったから。出てきてくれてありがとう。風邪ひくからもう中に入ってよく体温めて?」

 そう早口で言いながら両手で抱えないと持てない程の大きさの包みを渡され家に入るように促される。

「ちょっと待ちなさいよ。あんた二時間も家の前にいるなんて馬鹿じゃないの?」
「あはは、心配してくれてありがとう。俺は平気だから篠崎は家の中に入ってくれよ、な? 女の子は体冷やしたら駄目だしね。今日は本当にありがとう。おやすみ」
「……これ、ありがと」

 “彼氏”の言う事を聞くのも癪だったがこうやって強く促されるのは初めてだったから、つい従って家の中に入ってしまった。

「姉貴、それ……」

 玄関に入ると片足だけ靴を履いた愁介が驚いた顔をしながらも私の手にある大きな箱を指差した。靴を履いてる途中ということは愁介も外に行くらしい。

「三日月に貰った。あんたは何処か行くの?」
「え? あ、いや……なんでもない」
「そう」

 なぜか唖然とする愁介の横をすり抜けて部屋に戻り、息つく間もなくベッドに座り包みを開ける。
 出てきたのは真っ白なテディベアで、思わず顔が緩む。

 少しテディベアを撫でまわした所で、ふと思う。私は、コレをもらって少しからず嬉しいと思った。
――嬉しい? ナニに? 物を貰った事に? それがテディベアだったから? それとも……送り主が三日月だった、から?


 寒気がして白いテディベアを振り払い床に落としてしまった。そんな事を気にしてられない程に頭の中をぐるぐると色んな気持ちが交差する。

――アイツに気を許してきてる。
――そんな事、あってはならない。
――また裏切られるのに。
――三日月は裏切らないかもしれない。。
――きっと何か裏がある。
――騙されてる。
――愁介だって信じるなって言っていた。
――信じたい。

 ――信じるな、疑え、気を許すな。三日月だって、“男”だ。

自己暗示に溺れる

(こんなモノ、嬉しくなんてない)
10.10.11
10.10.13


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あきゅろす。
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