あたたかい重み


 新しい“彼氏”が出来てから二月ふたつき、あんな条件じゃあ一月も持たないと思っていたのに“彼氏”は悠々と条件をこなし続ける。
 今日のように帰り道に待ち伏せをされて隣を歩かれる事が屡々しばしばあるのだが、“彼氏”はそれで満足しているらしい。

「そういえば篠崎ってさ、兄弟とかいる?」
「弟が一人」
「へえ! いいなあ、俺も弟とか欲しい! どんなかんじ?」
「別に。うざいだけよ、弟なんて」

 それより何この無駄な会話。何なのその嬉しそうな顔は、薄く染まった頬は。
 見ていて腹がたつ。冷たくあたられても気にせず幸せそうにハニカム“彼氏”が。そんな顔を見せたって、私は騙されないんだから。絶対に、気を許さない。

 適当に話をあしらっている内に私の家の前についた。今日はすぐにでも寝てしまいたい気分だ。疲れた。

「じゃ、送ってくれてアリガトウ」
「あ、うん。こちらこそ一緒に帰ってくれてありがと。後でメールするな」

 にっこりと幸せそうに笑う“彼氏”。チラチラと黒髪が目について、逃げるかのように背を向けた。

「あっ、篠崎っ!」
「なに」

 慌てるような何かを思い出したかのような声が聞こえて振り向くとさっきよりも近い位置に“彼氏”が。そして軽く振り上げられた手。

「、っ!」

 アノ光景がフラッシュバックして、思わず俯き体を固めて強く目を瞑る。

 いやだ、こわい。

――殴られる!



「っ! ……、」

 体を縮ませて身構えていた私に降りてきたのは衝撃ではなく、暖かく優しい重み。

 徐々に体から力を抜けばそっと撫でられる頭。意味もわからない暖かさに目頭が熱くなる。熱くて、俯けた顔が上げられない。

「今日さ、なんか疲れてるってゆうか辛そうだったから、おまじない。篠崎が元気になりますよーに!」

 今まで、この能天気な“彼氏”からは聞いた事のない優しい声。
 瞳から何かが溢れ出しそうになった刹那、よく知る声が聞こえてサッとその何かがひいていくのがわかった。

「姉貴! と、カズ先輩?」
「あ、愁介。姉貴って事は篠崎の弟って、」

 家の中から飛び出してきたのはさっき話題になった気がしないでもない“うざい弟”で、驚きからか頭上から重み退けられたのを確認してから顔を上げた。

「愁、ただいま。三日月と知り合いなの?」
「うん。部活の先輩。それより何で姉貴とカズ先輩が一緒に、」
「彼氏だから。じゃあね、三日月」
「あ、うん。また明日!」
「…………彼氏?」


触れた優しさ

(騙されてなんて、やらない)
10.6.25


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あきゅろす。
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