謝罪とバイバイ


 過ぎ行く街並み、私を憚る向かい風。


 蓮川に殴られてからひとつき。家族以外の男に近寄る気にもなれず、道で擦れ違うだけでも手に汗を握った。トラウマになっているのかもしれない。男が怖い、と本能的に記憶しているのは自覚している。

 弱虫、意気地無し、ビビり、ヘタレ。いくら自分を罵ったって男に近付くと体が震える。蓮川に似た黒髪の男を見るたびに襲われかけた事や殴られた記憶がフラッシュバックして、私の記憶は薄れるどころか日に日に鮮明になり恐怖が増していく。


 足元がすくむ、手が震える、現在地の確認すらできない。

「待って! りかちゃんっ!」

 振り向くな、答えるな、足を動かせ、追い付かれるな。
 ガクガクいい始めた私の足が限界なのはわかっている。所詮男の本気には足の速さもかなわない事も重々承知だし、今逃げられているのだって私が前方にいる蓮川に気がつくのがはやかったから。でも、捕まるのはイヤだ。

 このまま捕まればまた殴られる。あのギラギラした瞳に映される。それだけは嫌だ。

「謝りたいんだ!」

 嘘だ! あんな事をしたくせに。そうやって私を騙して、裏切って、弄んで、翻弄して、壊すつもりなんだ。そんな言葉信じない。

 走って、走って、走って、目の前にある公園に入る。この公園はこの辺で一番大きくて自然を多く取り入れている、と言うか遊具はほとんどなく、年寄りの散歩コースになるような公園だ。公園内の林に入って姿を眩ます為に林を目指して走る。
――けど、今日に限ってヒールを履いていた私の足は柔らか土に捕らわれ思いきり転んだ。土のせいだけではないかもしれない。追われる恐怖と筋肉の限界で私の足はガクガクいっていたから足が上がっていなかったんだ。

 転んだ私を見て慌てるように近寄ろうとする蓮川に来るな、と叫んだ。
 いくら如何にも心配しています。と言う顔をしたって、心の中では私を嘲笑っているのだろう。今の私は滑稽中の滑稽なのだから。

「りかちゃん、ごめん。これ以上近寄らないから話がだけ聞いて」
「いや、だ。来ないで、いや、いや……」
「怖い思いさせてごめん。許してくれなんて言わない。けど、どうしても謝りたかったんだ。本当にごめん。これは俺のエゴだ。追いかけてまた怖がらせたのだって悪いと思ってる。俺、明日から留学する事にしたんだ。だから、しばらくは街でバッタリ、なんて事はないから安心して?」

 本当にごめん、じゃあ行くね。と、言い蓮川は帰っていった。

 なんなの、アイツ。勝手に裏切って、謝罪して、おまけに国外逃亡? 確かに私からすればこの街で蓮川に出くわすことがないという安心感は得られる。それは単なる気休めだろうけど。そんな、それだけを聞かされる為に私は今こんなに追い詰められたのかと思うと本当に腹が立つ。こうやって私が腹を立てる事すら蓮川の計画なのだろうか。もう、意味がわからない。

 男は、理解ができない。

許せるはずがない。

(ああ、この震えは恐怖からか怒りからか)
10.6.30


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