とてつもなくチョコレートの入った菓子パンが食べたくなり家をでた。
愁介をパシる事も考えたが生憎アイツは外に出ていて帰りは夕方らしいから自分で動くことにしたのだ。
「篠崎さーん!」
後ろから名前を叫ばれて思わず振り向くと、見知らぬ女がこっちに駆け寄ってきた。いや、どこかで見たことがある。
「は、あ。追いついた……っ。あのっあの時は本当にすいませんでした」
「…………誰?」
どこだっただろう。黒く焼けた肌に目元を囲む黒いライン、睫は今にも羽ばたきそうな位にバサバサ。こんな知り合い私にはいないはず。
――知り合いじゃない? でもどこかで見た顔。黒い肌に濃いメイク…………ああ、思い出した。
あの時、蓮本さんと一緒にいた女だ。
「あっ! この顔じゃわかんないですよね。えっと、どうしよう……あ! 公園に入りましょう」
「ごめんなさい、知らない人には着いて行かない事にしてるの」
「おおう完全に知らない人になってる! じゃ、じゃあ先に公園に入って下さい! どーしてもお話ししたいんですお願いしますお姉様」
気の強そうな様相に似合わずあわあわと肝の座らない態度をとる女にため息がでる。なんなのこのパンダ女。
「わかった。どのぐらいで来るの?」
「えっと、十分……いや五分で行きます!」
「そう、じゃあベンチに座っってるから」
「直ぐに行くんで待ってて下さいね! 絶対ですよ!」
数メートル先の入り口から公園に入り、近くのベンチに座ってからコンビニで買ってきたチョコチップメロンパンを取り出し、包装を勢いよく破った。
普段なら人を待つ間、しかも相手が到着するまでに食べ終えられない物を開けるなんて事はしない。
目に見える限り人は見当たらないので人気を気にする事もなく大口をあけてメロンパンに食らいつく。
――私だってやけ食いくらいしたくなる。なんで蓮本さんの浮気相手だか本命だかの相手をしなきゃならないんだ。
「お、お待たせしました」
ゼエハアと膝に手を付き息を整えるガングロ女。全速力で走って来たらしい。
「あのっ、これで思い出していただけるかと!」
息を整え終えて向けられた顔には、確かに見覚えがあった。
ガングロメイクを落とした所謂スッピン顔は、メイク時とあまりにも違い過ぎる。と言うか、この子化粧なんてしない方が絶対にモテる。
「あんた……」
「あの時は、馬鹿兄貴が本当にすみませんでした!」
ガングロ女はあの苦い思い出しかない先輩の妹、蓮本 莉央だったらしい。
そしてガングロ女が莉央だった事で私は自分の過ちに気付いてしまった。
出来ればこのまま気付かずに男を、蓮本さんを憎み続けていたかった。自分の過ちを認める事よりも、相手を憎み遠ざける方が遥かに楽だから。
「莉央、ちゃん……」
「あの、私、一目見た時から篠崎さんとお友達になりたかったんです。――でも、あんな出会い方をしたので……私を見て不快に思うようなら、諦めます」
真剣な眼差しで見つめてくる蓮本莉央。
私は強く握りすぎて白くなっている莉央ちゃんの拳を手にとる。
だいたい、彼女は大胆なのか消極的なのかイマイチわからない。でも、きっとあれから私の痛みを自分の痛みのように考えて暮らしていたのだろう事は予想できる。
「え、あ、あのっ?」
「そんなに握り込んだら手のひら切れちゃうでしょ。てゆうか、友達になりたいだなんて初めてて言われたんだけど」
「あ、……ごめんなさい」
シュンと哀愁を漂わせてうなだれる姿に思わずクスリと笑いが零れてしまった。
「莉央って」
「え?」
私が憎んでいたのは莉央ではなく莉央の兄だし、会うのは二度目だけどとても良い子なのは伝わってくる。
それに、憶測に過ぎないけれども、蓮本さんは浮気をしていた訳じゃなかったらしい事が判明して少し気持ちが楽になった。殴られた理由はまだわからないし、今になって気づかされた勘違いには胸が痛むけど、
今日の私は最高に機嫌がいい。
「私は今日からは莉央って呼ぶから。篠崎さんって止めてくれるわよね? 友達になるんでしょ?」
「お、お姉さまっ!」
「いや、お姉さまはちょっと……」
手にいれたモノは。
(新しい友達? それとも、真実?)